崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

円満字二郎

面妖な話

なんと面妖な!? 古いことばを使って、そう表現してみたくなる事態が、あるものだ。 写真を見て欲しい。右側は、加藤繁著『支那経済史考証 上巻』(東洋文庫、1952)、なにやらむずかしそうな本だが、今回のお話には内容は一切、関係ないからご安心を。左側は…

主人公はだれなのか?

高校1年生のとき、講談社の吉川英治文庫(現在は吉川英治歴史時代文庫)で『三国志』全8巻を、それこそ飛ぶように読んだ覚えがある。ちょうど、NHKで人形劇の『三国志』をやっていたころの話だ。 そうやって、いわば「王道」を通って『三国志』の世界に…

浮世離れした日々

あたたかい週末になりましたね。 金曜日は、いわゆる「13日の金曜日」。土曜日は、バレンタインデー。世間では、浮いたり沈んだりのややこしい2日間だったのではないでしょうか。 でも、われらが蔵書整理プロジェクトは、着実に前進。金曜日は4名、土曜日…

苦い青春の記憶

誤植とは、怖ろしいものである。 どれだけ一生懸命、丁寧に校正をしたつもりでも、誤植はどこかに必ず残ってしまう。できたてほやほやの本を喜び勇んで開いたとたんに、誤植が目に飛び込んでくることも、多いのだ。 どうして気づかなかったんだろう? あれだ…

5万年の孤独

読書とは、基本的に孤独な営みだ。 少なくとも、ぼくにとっては、そうである。おもしろいと思った本を、他人に勧めたことがあまりない。たまに勧めても、読んでもらえた経験も、あまりない。逆に、人から勧められた本も、めったに読まない。だから、いわゆる…

梅の香に誘われて

夕方5時。作業を終えて倉庫を出ると、美しい黄昏の空が広がっている。――そんな季節になりました。 2月に入って、ずいぶんと日が長くなってきました。東京地方は相変わらず寒いですが、木枯らしをついて梅の花もちらほらと咲き始め、春が近いことを思わせま…

だれもが必ず目にする場所

日本の伝統的な和綴じ本は、基本的に和紙でできているから、強度が低い。持ってみるとふにゃふにゃだし、ちょっとぞんざいに扱っていると、角の部分からめくれ上がってきたりする。 そこで、大事に保存するために「帙(ちつ)」というものを用いる。厚紙に布…

白く輝く銀の文字

大学4年生の夏、唐津から指宿へと、10日ばかりかけて九州を旅をしたことがある。そのとき、天草のユース・ホステルで出会った、たしか横浜で郵便局員をしているというバイク乗りのお兄ちゃんが、こんなことを言っていた。 「世の中には坂本龍馬派と西郷隆盛…

われらが武器は、キーボード!

今週は、やられましたねえ。 金曜日、土曜日と、東京地方の天気は荒れ放題。降りしきる雨の中を、パソコンかついで倉庫まで出かけるのは、さすがに気力が萎えかけました。特に金曜日。吹きつける雨風の音が、広い倉庫の天井にこだまして、その寒々とした響き…

上海から東京へ

人が旅をするように、本もまた旅をする。 本が「本」の形になって世に出るのは、製本所を出るときだ。でも、そこから先の旅路はさまざまである。取次、書店を経て、読者の手元へ届くもの。売れ残って、出版社の倉庫に眠るもの。著者の手にわたって親しい人に…

ある人を待ちながら

銀座で、女の人と待ち合わせをしたことがある。 待ち合わせ場所には必ず早めに到着する。ぼくはそういうタイプだ。遅れるのがイヤ、というよりは、遅れそうになって落ち着かない気分を味わうのが、イヤなのである。 だから、10分前、15分前に到着することも…

ホームページオープン!

年始のごあいさつにて予告いたしましたホームページ「白玉楼中の人 草森紳一記念館」を、本日、オープンいたしましたので、お知らせいたします。 草森先生のライフワークであった中国の詩人、李賀が死ぬとき、天帝から「新しく白玉楼という宮殿を建てたので…

だれか1人だけでも

書籍編集者はいつも、担当した本が店頭で平積みになっている風景を夢見ながら、仕事をするものだ。その絵の中では、帯はとても重要な宣伝媒体である。パッと見た瞬間に、「おもしろそうだ!」と脳を刺激して、思わず手にとってあわよくばレジまで持って行き…

中間地点の眺め

お昼過ぎ、いつもの倉庫に到着してみたら、一番乗りなのにエアコンだけは稼働中。どうしたんだろうと思ったら、管理会社の部長さんが気を遣って、朝から暖房を入れておいてくださったのでした。やさしいお心遣い、ありがとうございます。 でも、風貌から判断…

直球勝負の生きざま

時は大正。小説家の村岡は、友人野々村の妹夏子と知り合い、二人は恋に落ちる。やがて、帰国後の結婚を約束して、ヨーロッパへ旅に出る村岡。二人の愛を語る手紙は、ユーラシア大陸を何度も往復する。半年の後、帰国の途についた村岡は、しかし香港の手前の…

探しものは何ですか

あるはずの本が出てこない。 たいしてたくさんの蔵書を持っているわけではないけれど、ぼくにもそういう経験がある。たしかにあったはずなのに、見つからない。内容はもちろん、装丁も覚えているし、本棚のどのあたりに置いたかまで記憶しているつもりなのに…

あったかい本が欲しい!

今年最初の目録入力作業を、9日(金)〜10日(土)の2日間、行いました。 金曜日の東京都内は、積雪の予報もあったくらい。冷たい雨が降りしきりました。年末年始の休みですっかり冷え切った倉庫は、ハンパないくらいの低温。エアコンをフル稼働しても寒さ…

19にして心すでに……

この漢字、なんて読むんでしょうね? そんなふうに声を掛けられると、身構えてしまう。何を隠そう、ぼくは一応、漢和辞典の編集者をしていたということになっている。加えて、円満字二郎というこの本名で、一見したところは「漢字本」としか見えないような著…

黒塗りの向こうには

本の価値とは、いったい何だろうか。 書かれている内容が、人類の知的遺産としてかげがえのないもの。そういう本なら、千古不滅だろう。でも、そんなに確実な「価値」を持つ本など、めったにない。世の中に生まれてくるほとんどの本は、時代の荒波にもまれて…

3世紀半の重み

蔵書の中には、江戸や明治の和綴じ本も、少なからず含まれている。そのリスト化は、なかなかたいへんだ。基本的に汚れがひどく、製本が壊れかかっているようなものも多い。触るだけでも勘弁してほしいという人も多いだろう。さらに、きちんとした扉や奥付が…

新年のごあいさつ

新年、明けましておめでとうございます。 昨年の6月にスタートした蔵書整理プロジェクトも、足かけ2年目に入ります。有志の方々の献身的なご努力によってここまで作業が継続できていることには、驚きを禁じ得ません。 虎は死して皮を留め、人は死して名を…

お宝、発見!?

出版社に勤めていたころ、お昼休みによく、神保町の古本屋さんをひやかして回ったものだ。それまで存在すら知らなかった、とてもおもしろそうな本に出会えるのが、楽しみだった。それを手に取って、値札を見て愕然とする。それもまた楽しみの1つか。 蔵書整…

ほこりだらけのキーボード

段ボール箱を開けて本を取り出し、1冊ごとに書誌情報をチェックしていく。タイトル・著者名・出版社名は、たいていカバーや表紙に記されているものだが、出版年は奥付を見ないとわからない。 函入りの本だと、函から本体を出してやる必要がある。こいつは、…

いろいろあった、あのころ

高校時代のぼくは、かなりのミステリ・マニアだった。でも、ジョルジュ・シムノンは例外だった。『黄色い犬』だけは読んだのだが、いまひとつ納得がいかなくて、そのままにしてしまったのだ。 メグレ警視のよさが分かるようになったのは、大学生になって東京…

ネズミ人間、参上!

ネズミ男ではない。それは水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎』のアンチ・ヒーローであり、大泉洋のはまり役だ。 湯浅明著『ネズミ人間の誕生』(自由国民社、1980年)。刺激的なタイトルだ。そして、カバーに使われている図版。どこから取ってきたのかわからないが…

291箱にて年内打ち上げ。

年内最後の蔵書目録入力作業。今週は、金曜日3名、土曜日6名の参加で、22箱、約1150冊を済ませました。トータルで291箱、1万1150冊が終わったことになります。残念ながら目標の300箱には届きませんでしたが、ご参加いただいたみなさん、おつかれさまでし…

堀辰雄のため息

堀辰雄といえば、『美しい村』や『風立ちぬ』で知られる小説家だ。軽井沢あたりの高原で、詩を書いたり油絵を描いたりしている男女のちょっとおしゃれな生活。そんなイメージがある。 だから、『堀辰雄 杜甫詩ノオト』(内山知也編、木耳社、1975年)という…

星の数ほどの妄想

『ナンセンスの練習』『円の冒険』『写真のど真ん中』……。草森紳一という人は、タイトルの付け方がうまかったなあ、と思う。 書籍編集者をやっていると、タイトルというのは、書籍のほとんど全てなんじゃないかと思うことがある。タイトルだけで売れる本、タ…

1万冊の入力完了!

毎週、金曜日と土曜日になると、都内のある倉庫の2階に、どこからともなく、ノートパソコンを抱えた、何やらいわくありげな面々が集まってきます。少ない日は、3、4人。多い日は、7、8人。 そこには、本がぎっしり詰まった段ボール箱が、山のように積ま…

切れ端を手に取りながら

草森紳一先生の蔵書の中には、全集の「切れ端」があちこちに散らばっている。『荷風全集』や『安藤昌益全集』『エイゼンシュテイン全集』『名作歌舞伎全集』などなど。かなり数が揃っていそうなものもあるが、本当に全巻揃っているのかどうかは、全ての段ボ…

その先は永代橋 白玉楼中の人