崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

円満字二郎

美しき5月、古本と目玉。

世の中はゴールデン・ウィークの真っ最中。われらが「蔵書整理プロジェクト」も一区切りついて、休みを満喫できるはずの週末。でも、あの倉庫に出かけないというのも、ちょっと調子が狂ってしまう。そんな感じがする、5月最初の土曜日です。 さて、東京は文…

旅へいざなうDNA

中国文学の先生方は、中国旅行がお好きだ。春休みや夏休み、そしてゴールデン・ウィークまで、何人もの仲間やお弟子さんたちと連れだって、やれ江南だ、やれ四川だ、やれシルクロードだと、はるばると旅にお出かけになる。中国旅行歴数十回という先生も、け…

第2部、ついに完結。

731箱、3万1618冊。 まだ夏の香りが残る9月の最終週から始まった「草森紳一蔵書整理プロジェクト第2部」も、思いがけない惜春の嵐に見舞われた今週、金曜日5名、土曜日9名(別働隊1名含む)のご参加を得て、ついに完結の時を迎えました。トータル29週…

輝く星のごとく

「星の一つ一つを数えるような仕事。その一つをも見落すまいとする態度。」 そんな姿勢で「物故人名事典」の編纂を開始した東京美術の編集部は、しかしそれが「大変な企て」であることを思い知る。近代日本にわずかでもその輝きを放ち、やがて消えていった無…

どんな本が読み継がれるのか?

エラリー・クイーン。なつかしい響きだ。 高校生のころ、せいぜい背伸びをして、まだ神戸は三宮の地方書店にすぎなかったジュンク堂の洋書売り場へ行ったら、Ellery Queenのペーパーバックがズラリと並んでいた。もちろん、本格推理の最高峰とされるその作品…

いよいよあと1週!

昨晩、家へ戻ってきて、早速、USBメモリに移していただいたみなさんの作業ファイルを開いて、集計を始めました。なんとか連休前に入力を終えるべく、今週も「強化週間」を断行。水曜日2名、木曜日1名、金曜日5名、土曜日8名のご参加で、作業は690箱まで…

雑誌の付録がアツイぞ!

近ごろ、雑誌の付録がアツイらしい。なんでも「女性誌」なるものには、ブランド物の折りたたみ傘やミニバッグ、ビーチサンダルからはてはガーターベルトまでが付録として付いてくるというウワサだ。付録を呼び物として売り上げ部数を伸ばそうと、“付録合戦”…

人はなんのために働くのか

阪神淡路大震災のとき、ぼくの実家は震度7の地域にあったから、2晩くらいは両親と連絡がとれず、安否もわからなかった。ようやく電話がつながったとき、当時は現役の外科医だった父が、「この3日間、縫いまくった!」と、こちらの心配をよそに興奮しまく…

花は盛りに

今年は例年になく長かった桜の季節も、東京ではとうとう終わろうとしています。みなさん、お花見はいかがでしたか? わが蔵書整理プロジェクトの面々も、昨日、土曜日の晩に飛鳥山公園で遅ればせながらのお花見をいたしました。 今週は、金曜日5名、土曜日…

白夜の草原をゆく

神津恭介といえば、推理作家・高木彬光の生んだ名探偵だ。かつて、「土曜ワイド劇場」で近藤正臣の当たり役だったのをご記憶の方も多いだろう。 その神津恭介が、歴史上の謎に挑んだのが、『成吉思汗の秘密』(1958年。現在は光文社文庫で入手可能)。ジンギ…

ヨーグルトの作り方

子どものころ、遊びから帰ってきて家の冷蔵庫を開けると、なぜだかよく、カルピスがあった。ガラスのコップに氷を2、3個入れて、茶色いビンに入ったとろとろしたカルピスを指2本分くらい注ぐ。蛇口をひねって水道の水で薄めたら、人差し指でぐるぐるっと…

お花見気分に背を向けて

春爛漫。街を歩くと、入学式に向かうとおぼしきういういしい親子連れや、明らかに入社したばかりの、スーツ姿もどこかぎこちない若者を見かけます。東京の桜も、ようやっと満開。いい季節を迎えました。 そんな中、わが蔵書プロジェクトは、何を思ったか今週…

悔やみも、落胆もしない

1945(昭和20)年2月25日夜、東京は神田、錦町から小川町界隈を、空襲が襲った。このとき、諸橋轍次『大漢和辞典』全13巻(大修館書店)の組版・資材一切が灰燼に帰したことは、出版史上、有名な話だ。当時、同書は第2巻の刊行を目前にしていたが、米軍機…

愛でも憎しみでもなく

たった一言なのに、相手の心に深く残って、生涯を大きく変えてしまうことば。そんなことばがあるとしたら、それは、愛のささやきだろうか、怒りのおたけびだろうか。それとも、憎悪の捨てゼリフだろうか? 土岐善麿(ぜんまろ)が石川啄木に出会ったのは、19…

春の風の色

桜の「開花宣言」とやらが出されると、待ちかまえていたかのように冬将軍が舞い戻ってくる、この季節。 ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒二の『厄除け詩集』の一節を思い出しながら、少し気合いを入れ直そうと、蔵書整理も「強…

スリップ乱舞

草森紳一先生の蔵書の間には、いろいろなものが挟まっている。一番多いのは、古書店からの請求書。最初のころは、「支払いはきちんと済んでいるのだろうか」と心配になったものだが、その点は、きっちりされていたようだ。意外なものが、意外な値段だったり…

ステーションの日常

小津安二郎の『早春』という映画を見たのは、いつのことだったろう。よくは覚えていないのだが、毎朝、同じ時刻の電車に乗って、東京の大手町あたりの職場へ通うサラリーマンたちの物語だった。ぼくにとっては、たいていは帰省の旅の出発点である東京駅が、…

1年が過ぎて

今年の春分の日は、3月20日。本来なら、蔵書整理プロジェクトの作業日にあたる金曜日ですが、祭日ですから、さすがにお休み。いかにも春分の日らしい、うららかな1日を、ゆったりと過ごしました。 草森紳一先生がお亡くなりになられてから、1年が経ちまし…

おもしろい理由

父が医者だったこともあって、ぼくは基本的に「科学の子」だ。霊的なものや超常現象などをハナから認めない、というわけではない。ただ、ぼく自身は、そういった分野にはあまり興味がないのだ。 でも、めぐり合わせとか、運命のいたずらといったことなら、話…

ポケットに刑法を突っ込んで

『新律綱領改定律例改正条例伺御指令袖珍対比註解』。 きちんと書名を書くとなると、漢字ばかり22コも並んで、こんなにタイヘンなことになってしまう。奥付によれば、安井乙熊著、1878(明治11)年、同盟舎刊の本である。 この長ったらしい書名は、4文字ず…

春宵一刻

今週は、金曜日4名、土曜日3名の参加。入力済みの本は2万1261冊。段ボール箱にして504箱。ついに500箱に到達しました! 記念の500箱目は「マンガ」の箱。土曜日参加の3人で、ささやかながら、喜びを分かち合いました。 この作業に取りかかったのが9月の…

海を越えるために

10年ちょっと前、タイ旅行から帰ってきた女の子から、おみやげに『ドラえもん』のタイ語版をもらったことがある。他になかったのか? と思いつつも、ぼくになら冗談が伝わると判断してくれたのだと考え直して、複雑な気持ちを抱きながらもありがたく頂戴。日…

情報の値段

うわぁっ! その雑誌の裏表紙を見た瞬間、ぼくは思わず、悲鳴に近い大声を上げていた。Living Yellow氏と東海晴美さんが、何ごとかといったような目で、こちらを見る。 いや、なんてことないんですよ。ただね、びっくりしたんですよ。 草森先生の蔵書の中に…

2万冊突破!

金属製の屋根にたたきつける雨粒の音が、建物全体に共鳴して、ゴオッと重く低い響きを立てる。暗くさみしい海の底へ、ゆっくりと沈んでいく潜水艦の中にいるような、金曜日の午後。 かと思えば、くもりガラスの窓から射し込む春の日差しが、何やらものうげだ…

手書きの文字を前にして

まだまだ十分にうぶだったころ、年上の女性から年賀状をもらって、その字の美しさに、あっというまに恋に落ちてしまったことがある。また、ある文学館でお気に入りの作家の自筆原稿を目の当たりにして、なんだかちょっと幻滅してしまったこともある。 手書き…

袋とじの中身

読み出したら、おもしろくてやめられなくなる本、というものがある。この先、どうなるのか? とにかくそれが知りたくて、食事の時間ももったいない。もちろん、寝てなどいられるものか! 「本好き」ならば、そんな経験をしたことがあるに違いない。 そうやっ…

電車の中でも思わず…

ひっそりと静まりかえった作業場。キーボードを叩く音に交じって、時折、ピーッ、ピーッと、何やらかん高い電子音が聞こえてきます。 その音源は、バーコードリーダー。カバーに印刷されているバーコードを読み取ることによって、その本のISBNコードを一瞬で…

赤いお牛にまたがって

廬山(ろざん)といえば、中国を代表する景勝の地である。古くは、陶淵明(とうえんめい)や白楽天といった名だたる詩人たちが遊んだ場所であり、近いところでは毛沢東の別荘があったことでも有名だ。 1921(大正10)年4月下旬のある日の昼下がり、この山の…

「自伝」の条件

「あなたは、自分が主人公じゃないと気が済まない人ですね。」 ある先輩からそう言われたのは、社会人になって間もないころのことだった。あのころのことを思い出すと、今でも、だれも知り合いのいないどこか異国の小さな町へ行って、人生をやり直したい気が…

残されし者たち

鉄の扉をヨイショっと開けて、鉄の階段をトントンと小気味よく昇る。薄暗い空間に、がらあんと広がるコンクリートの床。ほのかに見える、積み上げられた段ボールと、いくつかの事務机。壁際のスイッチを入れると、パチパチッと蛍光灯のはじける音に続いて、…

その先は永代橋 白玉楼中の人