崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

資料たちも少しづつ音更へ。そして、新しいブログも開設しました!

「崩れた本の山の中から」というタイトルのこのブログが、円満字二郎さんの発案でスタートしたのは2008年の12月11日。 目録の入力を進めながら、円満字さんとLIVING YELLOWさんがふと手にとった一冊一冊の本の魅力を語り、草森蔵書の存在とその多様さを発信…

神戸元町の海文堂書店、神田神保町の三省堂でも!

神様の予定表は……?と、今までの人生で思ったことが何度もありました。 ニュージーランドの震災のニュースには、阪神大震災を思い出して泣いてばかりいました。このたびの巨大地震と津波には、ただただ呆然とするばかりです。 しかし、たとえ無力であっても…

またまた宣伝。草森紳一回想集が、書店で手に入ります!

執筆者の方々からのご紹介や、この蔵書整理のブログを通じて、『草森紳一が、いた。』は、着実に一冊、一冊と売れ続けています。まるで静かにしみわたっていくように、読者の元に本が届けられるのは、編集者として、とてもありがたく、うれしいことです。 「…

ちょっと宣伝。草森紳一回想集『草森紳一が、いた。』完成しました!

ご報告が遅くなってしまいましたが、11月21日付けのブログでお伝えしていた草森紳一の回想集、寅年の年末になんとか間に合わせることができました。 でも12月20日に納品されたのは関係者分だけで、1月になってようやく残りが届き、ホッとしたところです。 …

つむがれ続ける物語

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。 年末から年始にかけて、厳しい寒さが続いていますね。日本海側にお住まいの方々、大雪は大丈夫でしょうか? ここ練馬でも、年が明けてからは毎日のように、氷点下の冷たい朝が続いています。 寒さ、という…

蔵書をいったいどうするか(番外編7)十勝ブルーの空の下、本たちの物語は続く。

11月30日(火)も美しいお天気! ホテルの窓から見下ろす帯広の街のそこかしこに雪が残ってキラキラと輝いている。 8時半にホテルを出て、大学へ向かった。とにかく、北海道は広い。どこへ行くにも車は欠かせない。草森蔵書を寄贈した帯広大谷短期大学は、果…

蔵書をいったいどうするか(番外編6)刺激的でダイナミックな記念講演

さて、11月29日(月)草森記念資料室の開館日、4時から記念講演「真の知の巨人」が始まった。講師の椎根和さんはマガジンハウスの『hanako』『popeye』など数々の雑誌の編集長を務めた人。草森さんの友人でもあり、『荷風の永代橋』『中国文化大革命の大宣…

蔵書をいったいどうするか(番外編5)草森紳一記念資料室オープン。乾杯は十勝の牛乳で!

蔵書整理プロジェクトの私たち、いや草森さんは本当にラッキーな人! 待ちに待った記念室オープンは、故郷音更町の開町110年と帯広大谷短期大学50周年、それに大学内のオープンカレッジ開講10周年を記念する特別事業として実現した。そんな大切な節目の年に…

蔵書を一体どうするか(番外編4)いよいよ草森記念室が

なんとまあ、前回のブログは5月にアップして、それから約半年も経ってしまった。 今年は気温35度前後という異常な暑さの夏でしたが、みなさま、いかがお過ごしでしたか。 北海道も、まったく北海道らしくない暑さと湿度の夏だったとか。それでも、音更で…

NO MORE BOOKS! 14 音更の空気を吸って本達は体を伸ばした

約一年と四か月ぶりに寄稿させて頂きます、というのも、十月初旬にたった一泊ですが蔵書の寄贈先となった帯広大谷短期大学を訪問し、開館前の新しい図書室と、残りの本の新しい保管先となった廃校(東中音更小学校)の様子を一番乗りで見学してきました。 私…

蔵書をいったいどうするか(番外編3)それぞれの5月

草森さんのとても親しかった友人のひとり、ジャーナリストのばばこういちさんが4月9日に亡くなられた。 2008年6月の<草森紳一を偲ぶ会>のスピーチで、 「非常にぼくは腹が立っている。5歳も年下の男が、共に90歳になっても生きていこうと言っていたにもか…

電車にのって本屋さんへ行く

久しぶりに都会へ出る機会があったので、1週間ぶりに電車にのって池袋まで行って、本屋さんをのぞいてみました。目的はもちろん、草森紳一『文字の大陸 汚穢の都――明治人清国見聞録』(大修館書店)です。 といっても、買い求めようというわけではありませ…

蔵書をいったいどうするか(番外編2)副島種臣関連資料は、九州の佐賀へ

草森さんの大きなテーマの一つは、副島種臣(そえじまたねおみ)だった。佐賀出身の明治の政治家で、蒼海(そうかい)という号をもつ漢詩人で書家でもある。 1990年の3月、箱根の老舗旅館、松坂屋に行きたいという事で2人でお供。旅館の玄関を入ると、巨大…

730回の夜と朝

草森先生がお亡くなりになってから、まる2年。たった730回、夜と朝との交替を見送ってきただけとは思えない、濃密な時の流れでした。 夏の花火をともに見上げ、冬の寒さをともにしのいだ蔵書整理プロジェクトの仲間たちも、それぞれの生活へと戻っていきま…

十勝平原再訪記(後編)

本はなんのために存在しているのか? それはもちろん、読まれるためでしょう。どんなにいい素材を使って、美しく仕上げられた本でも、読まれなければ意味がない。別に隅々まで熟読して欲しいというわけではありません。だれかが開いてみて、なにかを感じ取っ…

十勝平原再訪記(前編)

そこでは、時間そのものが凍りついているかのようでした。 子どもたちの笑い声が毎日響いていたのは、もう20年ほども前のことになってしまったそうです。しかし、長い歳月に浸食されたような乱れは微塵も感じられず、かといって、在りし日の姿が昨日のことの…

星。

当方のさえない、地方での学校生活のなかで、とにかく感謝しているのが、その学校図書館の充実ぶりであった。なんたって、『共同研究 転向』(思想の科学研究会、全三巻、平凡社)、革装の三島由紀夫全集(新潮社)まで揃っていた。そして、真新しいピカソの…

隠された小さな秘密

草森先生が遺された蔵書の中には、スポーツに関する本が、かなりある。ざっと見積もっても、100冊以上。サッカーやテニス、そしてフィギュアスケートに関する本まで混じっているけれど、圧倒的に多いのは、野球に関する本だ。 ご本人が、少年時代、野球をや…

ログ。

あけましておめでとうございます。 旧年中はみなさま、ありがとうございました。 本年もどうか、よろしくお願い申し上げます。 当方、ブログという単語を聞いたときに、まず思い出したのがBCL(Broadcasting Listening)のログ、であった。ログ(log)の原…

蔵書をいったいどうするか(番外編)遺品をいったいどうするか

クリスマスが過ぎて、今年も残り数日。この季節になるといつも思い出すことがある。 30年ほど昔の12月25日だった。草森紳一さんに寄稿していただいた作品集が出来上がり、同僚と二人でお目にかかって何気なく、「今日はクリスマスですね」と言ったとき、 「…

三年。

年も押しつまり。乱雑な自室で、一応の整理などしていた。あれこれ並べていて、ふと気になるものを、自分のものでないものを発見してしまった。今頃、すべて、北の地にあるはずの草森紳一、氏の御蔵書である。 「新美術新聞 2006年10月21日号」((株)美術…

コーヒーとおでんの間に

永代橋のたもとの喫茶店で、コーヒーを飲みながらの打ち合わせが済んだら、近くのおでん屋さんに連れて行っていただいて軽く飲むのが、草森先生との間ではならわしとなっていた。ビール1本と、お酒を1、2杯、そして、おでんを少々。 そのあと、霊岸橋のた…

悲劇。

少年時代は野球に熱中し、相撲を愛した草森紳一、氏の御蔵書にも、スポーツ関連の本がそれこそ、箱になるほど、あった。しかし、そのスポーツへの位置どりは一筋縄ではいかなかったようである。巨人ファンでいらしたようだが、そのありようは独特である。下…

蔵書をいったいどうするか(13)北への帰還。そして、新たなる出発へ!

とうとう本たちは行ってしまった。 草森さんも一緒だろうか。十勝の自然をとても愛していたから。 草森蔵書3万冊余りを受け入れてくださる大学があったこと。その場所が草森さんの故郷で、受け入れてくださる方々との信頼関係もきっちりできたこと。 ちょっ…

不在。

氏の御蔵書、その中の数千冊にのぼる、マンガのリストをしばらく、眺めていて、ふと、あるマンガ家の作品が見つからない、のに気づいた。 業田良家先生。80年代中期、『AKIRA』(大友克洋先生)連載中の「ヤングマガジン」誌上、『ゴーダ君』を連載、本…

それだけでニュースになるのだ!

帯広大谷短期大学から、新聞の切り抜きをお送りいただきました。1つは、『十勝毎日新聞』11月11日付夕刊。 音更出身の作家 故草森さんの蔵書 帯広大谷短大に寄贈 公民館に3万冊到着と見出しが付いています。もう1つは、翌日の『北海道新聞』の朝刊。こち…

その朝は、雪。

11月9日、月曜日。晩秋の太陽が傾き、明るい中にもどこかけだるさを感じさせる光に包まれた、午後3時ごろ。 もう1年半近くも、東京都内のとある倉庫に閉じこめられていた蔵書たちは、格安の見積もりをしてくださったとある引っ越し屋さんの4tトラックに…

窓。

草森紳一、氏の御蔵書は、とある現在使われていない学校の、教室に置かれることになっている。もちろん、公開される予定の記念室にも膨大な数の御蔵書が、並べられる。いわば、一般の図書館の閉架書庫の役割をこの教室が果たすことになる。 この教室の写真を…

北の大地へ……

1956(昭和31)年、大学受験のために上京した、一人の青年。それから半世紀以上が過ぎて、彼がその半生をかけて集めた3万冊にも及ぶ蔵書は、故郷に帰ることになりました。 長らく、みなさまにご心配いただいておりました草森紳一先生の蔵書ですが、このたび…

年表。

当方が、幼い頃、ふと見つけた、表紙もはずれかけた、古びた世界史年表は、ちょっとした宝物になった。なにより気に入ったのが、日本、東洋、西洋(欧米)、中近東の各時代を横に眺めることだった。 例えば、のっぺりとした空白の中に「弥生時代」とぽつんと…

その先は永代橋 白玉楼中の人