草森紳一先生の蔵書の間には、いろいろなものが挟まっている。一番多いのは、古書店からの請求書。最初のころは、「支払いはきちんと済んでいるのだろうか」と心配になったものだが、その点は、きっちりされていたようだ。意外なものが、意外な値段だったりして、近ごろは請求書を開いてみるのは、ちょっとした楽しみになっている。
次に多いのは、執筆のためのメモの類。また、寄贈本の場合は、寄贈者からのお手紙がそのまま挟み込まれていたりする。
書店に並んでいる本には、必ず、このスリップが挟み込まれている。お客さまが買ってくださる際にレジで抜き取れば、売り上げ管理に用いることができる。また、自店のハンコを押して必要な冊数を記入して出版社に戻せば、注文カードとして用いることもできる。書籍によっては、10枚、20枚とまとめて出版社に戻すと、定価の数%を「報奨金」としてバックしてくれる場合もある。
現在では、出版流通もコンピュータによって管理されるようになった。レジでバーコードをピピッとやれば、書店の売り上げ管理はもちろん、「取次」とよばれる問屋さんにも、出版社にも、瞬時にそのデータが送られる。スリップは、その使命を終えつつあるのだ。
出版業界で働くようになって、20年近く。そんな感慨を抱くことはあったが、そのスリップが、いつから存在したのかについては、考えたことがなかった。こうやって、戦前、1940(昭和15)年のスリップを、現実に目の前にするまでは。
出版産業が次第に発展していくと、作った本を全国津々浦々に効率的に届ける方法が必要となってくる。その中で、スリップというものが考え出され、出版流通のシステムが構築されていったのだろう。以来、何千万、いや何億という数のスリップが全国を飛び回り、業界を支えてきたのだ。
スリップはふつう、レジで抜き取られてしまうから、読者の手元に渡ることはない。なんらかの事情で70年近くもの間、ページの間に挟まったままとなったこのスリップは、まるで、時の流れを封じ込め、歴史そのものと化しているかのように思われたことだった。