崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

唄。

 「引かれ者の小唄」という言い回し。パーソナリティ交代を間近に控えた、笑福亭鶴光師と角淳一アナウンサーの『MBSヤングタウン木曜日』(70年代〜84年)放送中、四半世紀前の今頃の夜、ラジオで初めて耳にしたように記憶している。番組改編期を乗り切れなかったお二方のぼやき合戦の中で、鶴光師が投げやりに言い放った、その一言。後になって調べてみても、実に適切な用例であった。
 市中引き回しの刑に処せられた罪人が、虚勢を張って、小唄を口ずさむ様。転じて、窮地において、なお負け惜しみ、虚勢を張ることを指す。
 しかし。当方、肝心の「小唄」を長年聞いたことがなく。脳裏の「引かれ者」はいつも、『ドナドナ』やら『雪が降る街を』などを口ずさんでいた。考えれば考えるほど、これでは、虚勢を張ることにならず。思い浮かべては、不思議な思いでいた。
 NHK-FMで、今も朝5時20分から放送中の30分番組『邦楽のひととき』。ここで小唄を初めて聞いて、驚いた。三味線を威勢良く爪弾き、以下のような小粋な文句を歌い上げる。それが小唄であった。これならまさに虚勢、と呼ぶに相応しい。

晴れて雲間(本調子、替手、三下り)
 晴れて雲間にあれ月の影
 さし込む腕に入黒子(いれぼくろ)
 もやい枕の蚊帳の内
 いつか願いも
 おや申し
 雷(かみなり)さんの引き合わせ。
  (後掲書、p.16)

 草森紳一、氏の御蔵書の中の本書『邦楽つづれ錦』(発行:田島応用化工株式会社、編集:ラジオ東京音楽部、昭和34年(1959年))。当時のラジオ東京(TBSの一源流)をキーステーションに、昭和33年5月13日より木村荘八氏、渥美清太郎氏、安藤鶴夫氏など錚々たる解説者を擁して、放送された同名ラジオ番組の、ほぼ1年分の放送原稿と、数々の小唄を中心とする邦楽の歌詞を収録した本書。番組構成は基本的に、アナウンサーが各氏執筆の原稿を読み、スタジオでの小唄などの生演奏を挟む、という形式だった模様である。最初期のラジオ本と思われるが、非売品らしい。本書刊行後も、番組は無事続いたようだ。少し、調子にノッて。本書p.159から、スプートニク時代のころ作られた小唄を一くさり。

飛んだ迷惑(本調子) (作詞・金子千章 作曲・富士松亀三郎)
 飛んだとさ
 人工衛星が飛んだとさ
 電波の色はまちまちに
 黄いろ桃いろ濃(こ)むらさき
 噂が噂を生んだとさ
 迷惑がるのは犬ばかり。

その先は永代橋 白玉楼中の人