崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

星。

 当方のさえない、地方での学校生活のなかで、とにかく感謝しているのが、その学校図書館の充実ぶりであった。なんたって、『共同研究 転向』(思想の科学研究会、全三巻、平凡社)、革装の三島由紀夫全集(新潮社)まで揃っていた。そして、真新しいピカソの画集。ほぼ毎日、鞄を膨らませて、帰宅するのである。結局、国道沿いの本屋で、マンガの立ち読みで日が暮れて。『ビヒモス』(F・ノイマンみすず書房)はじめ、背伸びしまくりで借り出した、肝心の学校図書館の本は、いつも、文字通り枕頭にあって動かなかった。結局、一緒に借りてきたSFを、『ビートたけしオールナイトニッポン』を聞きながら、寝っ転がって読んで、夜更かしするのが常だった。
 草森紳一、氏の御蔵書の中にも発見された、所謂SF御三家(ハインライン氏、アシモフ氏)の一人、アーサー・C・クラーク氏の最晩年の傑作長編『楽園の泉』(山高昭訳、早川書房、1980年、原著1979年)もそんな、当方にとっても思い出深い一冊である。
 宇宙開発が進み、太陽系各地へのロケットが日夜発着する近未来の地球。しかし、そのロケットのコスト、環境負荷は莫大なものに達していた。空に舞う凧を見つめている一人の技術者、彼はその問題を解決することができる、ある施設を、それが許されぬはずの聖地に建立するべく、信仰深い南の島国にゆらり、とあらわれる。
 ナノチューブはじめ諸技術の進歩で、近年脚光を浴びつつある、軌道エレベーター構想を軸に。第2次大戦下、通信技官として働きつつ、旧オーストリア・ハンガリー帝国の地方都市(現クロアチア)の一技師の残したアイディアをヒントに、通信衛星の具体的構想を練り上げた、クラーク氏ならではの、重厚な科学的構想に、「根回し」、「交渉」など社会面、そして「信仰と科学」という文明論までの深みを持った、息もつかせぬ傑作長編である。 
 しかし。クラーク氏たちが夢見た、人工衛星が、日々の日常にとけ込んだ今、空を見て、そこに目に見えるはずの「人工の星」たちに思いをはせる時間は、その衛星と今や、直接・間接であれ常に繋がっている携帯電話、端末の呼び声に奪われがちではないだろうか。
 下記、JAXAのサイトで。国際宇宙ステーション「きぼう」が東京ほか日本各地から目視できる時間・角度・その他詳細が紹介されている。

 http://kibo.tksc.jaxa.jp/

「とびきりの早起きをされて、是非、あの光を、直接見ていただけたら。」

 そんな電話を草森紳一、氏におかけしたら、どんなご返答がいただける、だろうか。

その先は永代橋 白玉楼中の人