崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

隠された小さな秘密

 草森先生が遺された蔵書の中には、スポーツに関する本が、かなりある。ざっと見積もっても、100冊以上。サッカーやテニス、そしてフィギュアスケートに関する本まで混じっているけれど、圧倒的に多いのは、野球に関する本だ。
 ご本人が、少年時代、野球をやってらしたからだろう。そのあたりの思い出については、『本が崩れる』(文春新書)に収められた「素手もグローブ 戦後の野球少年時代」に詳しい。ぼくも例のおでん屋さんで、「ノーエラーだったんだ」などと鼻高々なお話を、散々、聞かされたことがある。
 だが、スポーツが好きなこと、自分でもスポーツをやるということと、スポーツに関する本を読むということとは、だいぶ違う。スポーツ愛好者はこんなにも多いのに、スポーツに関する本がベストセラー・リスト入りすることはめったにない、という事実1つを取り上げてみても、そのことは明らかだ。
 何かが好きであること。何かを趣味とすること。そのことと、その分野に関する本を読むということとは、まったく別の次元のことなのだ。
 そこに、「本」というものに関する秘密が隠されているような気がする。必要な情報を「本」の形で手に入れるということは、他のメディアに頼ることとは、まったく違う。いわば、それ自体が「快楽」なのかもしれない。
 草森蔵書のスポーツ関連書の中で、ぼくの印象に残ったのは、いまや伝説の投手になった感もある、江川卓氏に関する本が目立つということだ。いくつか拾ってみると……
 伊藤幸四郎『怪物投手 高校野球の星 江川卓物語』(内外スポーツ新聞社、1973)、後藤寿一『江川卓の研究 管理社会を生き抜くための悪の思想』(茜出版、1982)、辻史郎『江川盗りの陰謀』(評伝社、1983)、ダイナマイト鉄『実録劇画 江川卓物語〈上・下〉』(竹書房、1989)などなど。
 遠藤一彦の『江川は小次郎、俺が武蔵だ!』(ロングセラーズ、1986)なんていう、威勢のいいタイトルの本もある。
 そんなことを思い出したのは、小林繁氏の訃報に接したからだ。「江川問題」のあおりを受けて、阪神へとトレードに出された巨人軍のエース。自身が「決闘」と呼んだ巨人戦での熱投は、スポーツオンチだった少年時代のぼくの心をも、奮わせたものだ。
 永遠の背番号19。ご冥福をお祈り申し上げます。

その先は永代橋 白玉楼中の人