崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

2009-02-01から1ヶ月間の記事一覧

赤いお牛にまたがって

廬山(ろざん)といえば、中国を代表する景勝の地である。古くは、陶淵明(とうえんめい)や白楽天といった名だたる詩人たちが遊んだ場所であり、近いところでは毛沢東の別荘があったことでも有名だ。 1921(大正10)年4月下旬のある日の昼下がり、この山の…

太陽。

ボンカレーの看板、アメリカン・クラッカーなどなどを「懐古」する、70年代本として刊行された、『別冊宝島』のある一冊が人気を博して、もう四半世紀が経つ。 年若い友人と話していて、「あの浮ついた90年代の感じなんです」という言葉に絶句して、もう十年…

「自伝」の条件

「あなたは、自分が主人公じゃないと気が済まない人ですね。」 ある先輩からそう言われたのは、社会人になって間もないころのことだった。あのころのことを思い出すと、今でも、だれも知り合いのいないどこか異国の小さな町へ行って、人生をやり直したい気が…

バンド。

小学校のころ、友人の「コピー」バンド(YMO、チープ・トリック)を手伝って以来、楽器は一切やらないくせに、大学卒業まで、バンド周辺にいた。古来、バンドは男の子のものであった。90年代に大きく変わった一時期はあったが。天才的な女性ベーシストか…

NO MORE BOOKS! 4 最後の長電話

今日は父の誕生日です。 最後に話したのは、ちょうど一年前の二月二日の電話だった。 「お父さんもうすぐ70才だね」と私が言うと「70か!アハハ」と その年齢に自分で呆れたように屈託なく笑っていた。 五十代で既に老いを感じ始めたという周りの編集者…

残されし者たち

鉄の扉をヨイショっと開けて、鉄の階段をトントンと小気味よく昇る。薄暗い空間に、がらあんと広がるコンクリートの床。ほのかに見える、積み上げられた段ボールと、いくつかの事務机。壁際のスイッチを入れると、パチパチッと蛍光灯のはじける音に続いて、…

面妖な話

なんと面妖な!? 古いことばを使って、そう表現してみたくなる事態が、あるものだ。 写真を見て欲しい。右側は、加藤繁著『支那経済史考証 上巻』(東洋文庫、1952)、なにやらむずかしそうな本だが、今回のお話には内容は一切、関係ないからご安心を。左側は…

バベル。

古本屋に足を初めて踏み入れたのは、いつのことだろうか。 一番最近、あわてて入った古本屋で買った『研究社ビジネス英和辞典』(梁田長世編著、研究社、1998年)で、試みに。今世界を揺るがしている単語、subprimeを引いてみる。 <1.二級品の.…>。辞典…

主人公はだれなのか?

高校1年生のとき、講談社の吉川英治文庫(現在は吉川英治歴史時代文庫)で『三国志』全8巻を、それこそ飛ぶように読んだ覚えがある。ちょうど、NHKで人形劇の『三国志』をやっていたころの話だ。 そうやって、いわば「王道」を通って『三国志』の世界に…

夜明け。

昔、戦時下の日本映画の傑作、『人情紙風船』(1937年、DVD入手可能)の上映会に誘ってくれた先輩がいた。それが山中貞雄監督の最期の作品との出会いだった。 草森紳一、氏の御蔵書、『鞍馬天狗のおじさんは―聞書アラカン一代』(竹中労著、徳間文庫、1985…

蔵書をいったいどうするか(3)埃と猛暑の日々にもめげず

さて、いよいよ整理初日がやってきた(6月13日)。ボランティアメンバーは11名。幸先が良い。門前仲町のマンションから運び込まれたダンボール箱は、体育館のような広〜い倉庫の壁面に沿ってコの字型に積み上げられているものの、しばし茫然と見上げるばかり…

浮世離れした日々

あたたかい週末になりましたね。 金曜日は、いわゆる「13日の金曜日」。土曜日は、バレンタインデー。世間では、浮いたり沈んだりのややこしい2日間だったのではないでしょうか。 でも、われらが蔵書整理プロジェクトは、着実に前進。金曜日は4名、土曜日…

苦い青春の記憶

誤植とは、怖ろしいものである。 どれだけ一生懸命、丁寧に校正をしたつもりでも、誤植はどこかに必ず残ってしまう。できたてほやほやの本を喜び勇んで開いたとたんに、誤植が目に飛び込んでくることも、多いのだ。 どうして気づかなかったんだろう? あれだ…

夜。

草森紳一、氏の御蔵書の中の、『ヒミズ』 (古谷実、講談社、2002年)。105円の新古書店のシール付。これはモノとしてはビタ一文にもならぬ。カバーも折れている。市場においては、所謂、駄本である。 本作『ヒミズ』は、ゼロ年代初めの週刊ヤングマガジン(…

5万年の孤独

読書とは、基本的に孤独な営みだ。 少なくとも、ぼくにとっては、そうである。おもしろいと思った本を、他人に勧めたことがあまりない。たまに勧めても、読んでもらえた経験も、あまりない。逆に、人から勧められた本も、めったに読まない。だから、いわゆる…

階段。

かつて、ギターをやっている若い人は、楽器店に行き当たるとなかなか素通りできず、周りの都合などお構いなく、試し弾きに興じたものだった。店員の方々も、滅多に「顧客」になどならない、そんな「お客さん」を黙って、暖かく遇していてくれていたような。 …

NO MORE BOOKS!3 優しい眼

このブログのメインテーマ「蔵書」から少し脱線したくなった私は、 父の顔を描いてみようと思い立った。写真を参照しながらかき始めたけれど、 不安定な輪郭線や目鼻口をなかなか絶妙な位置に引くことができず、 ひとまずこの辺でギブアップしました。 小さ…

梅の香に誘われて

夕方5時。作業を終えて倉庫を出ると、美しい黄昏の空が広がっている。――そんな季節になりました。 2月に入って、ずいぶんと日が長くなってきました。東京地方は相変わらず寒いですが、木枯らしをついて梅の花もちらほらと咲き始め、春が近いことを思わせま…

だれもが必ず目にする場所

日本の伝統的な和綴じ本は、基本的に和紙でできているから、強度が低い。持ってみるとふにゃふにゃだし、ちょっとぞんざいに扱っていると、角の部分からめくれ上がってきたりする。 そこで、大事に保存するために「帙(ちつ)」というものを用いる。厚紙に布…

音楽。

当たり前すぎる話だが。紙に描かれた絵から音は出ない。音楽など夢物語、ロックにせよ、ジャズにせよ。いや、そんな暢気なことを思って、うかうかしているのは、当方くらいで。携帯、読書端末で読むマンガ、においては、すでにBGMの域を超えた、音楽、音…

白く輝く銀の文字

大学4年生の夏、唐津から指宿へと、10日ばかりかけて九州を旅をしたことがある。そのとき、天草のユース・ホステルで出会った、たしか横浜で郵便局員をしているというバイク乗りのお兄ちゃんが、こんなことを言っていた。 「世の中には坂本龍馬派と西郷隆盛…

のすたるぢい。

家のない人々は、近年さまざまな危険を避けて、終夜眠らず、荷を負いながら、ただただ歩き続けるのだ、とある人から聞いた。家を失う、ということは、必然的に絶えざる移動を引き起こす。間違っても、冬の路傍に水など撒く、ものではない。 草森紳一、氏の御…

蔵書をいったいどうするか(2)サイコロ任せの日々、のような

門前仲町の蔵書は尋常ではなかった。『本が崩れる』(文春新書)の出版は2005年10月。崩れそうな本の山を草森さん自身が撮した写真が多数掲載されているけれど、亡くなったのはそれから約2年半経った2008年の3月。マンションのドアを開けるや、蔵書の増殖に…

われらが武器は、キーボード!

今週は、やられましたねえ。 金曜日、土曜日と、東京地方の天気は荒れ放題。降りしきる雨の中を、パソコンかついで倉庫まで出かけるのは、さすがに気力が萎えかけました。特に金曜日。吹きつける雨風の音が、広い倉庫の天井にこだまして、その寒々とした響き…

その先は永代橋 白玉楼中の人