草森紳一、氏の御蔵書の中の、『ヒミズ』 (古谷実、講談社、2002年)。105円の新古書店のシール付。これはモノとしてはビタ一文にもならぬ。カバーも折れている。市場においては、所謂、駄本である。
本作『ヒミズ』は、ゼロ年代初めの週刊ヤングマガジン(講談社)に連載されていた。主人公は、ほぼホームレスの中学生。母親は男と逃げた。父親を殴り殺した。埋めた。誰か悪い奴を始末してから、決着を付けようと、彼はさまよう。そんな彼を追う同級生の少女。
それ以前の、大ヒット作品でも、例えば、あの「前野さんは、心は美しい、だが外見は醜い、そんな女を愛せるか」という、永遠の難問を提出するとき。古谷実先生は、ギャグマンガがギャグマンガである極点で、「暗闇」と仮に呼ぶしかない、何ものかとぶつかってしまう、そんな地点を、商業的に文句のない成功を収めつつ、実現していた。
笑い、とは厄介な、心と身体の動きだ。嗤い、と書けば、暗さを帯びる。わらい、と書けば、どこか、空虚な感じがしてかえって怖い。「笑いは残酷な暴力」である、と言うのもどこかで読んだ古証文だろう。否定する気はないが、物理的暴力との違い、というところを、煮詰めると。さらに怖い。
ギャグマンガで出発した先生方が、比較的短い作家生命で燃え尽きるか、あるいは、とんでもない「化け方」を見せるというのも、シリアスな演技で売る美男子俳優の方より、所謂、お笑いの方々が、とてつもない「政治力」を有するに至る、という、考えてみたら不可思議なあり方も、そんな「笑い」の力に潜む「夜」のような、何か、に由来するのかもしれない。
とはいえ、「夜」のマンガとも言うべき、本書。初手からこの作品にぶつかるのはお勧めしない。まずは、前野さん、井沢さん、田中さん。『行け!稲中卓球部』の面々と、日の良く当たる、放課後の部室で、自己紹介を済ませてから、だ。