かつて、ギターをやっている若い人は、楽器店に行き当たるとなかなか素通りできず、周りの都合などお構いなく、試し弾きに興じたものだった。店員の方々も、滅多に「顧客」になどならない、そんな「お客さん」を黙って、暖かく遇していてくれていたような。
とはいえ。某楽器店のギターコーナーにはこんな貼り紙があったという。『天国への階段。禁止!』。近年脚光を再び浴びている都市伝説、かもしれないが。初心者にもやさしいアルペジオ奏法で、8分半もあるこのレッド・ツェッペリン(LED ZEPPELIN=鉛の飛行船)、屈指の名曲『Stairway To Heaven』を。店頭で弾き語られる。これはさすがにたまらない、のは察しがつく。哀調を帯びたあのメロディーを、たどたどしく長々と弾かれては、そのシールドが突っ込まれたマーシャル・アンプも余計に売れなくなってしまう、というものである。この「伝説」、よほど、実感に根ざしたものらしく、マイク・マイヤーズ氏、ダナ・カーヴィ氏が、米国、郊外の暢気なクラシック・ロック兄弟、ウェインとガースを演じた、サタデー・ナイト・ライブ、発の米国映画『ウェインズ・ワールド』(1992年)にも同様の小ネタが出てくるらしい。
クラシック・ロックとしては、ビートルズやローリング・ストーンズと同等の地位を確保しているといってよい、レッド・ツェッペリン。ブルースから、サイケデリックまでさまざまな要素を包含しつつ、華麗なギタープレイを通じて、ハードロック、ヘヴィメタルとも繋がっていく、現在では信じられない幅広さを持った名曲たちを生み出した。60年代末から70年代前半とは。そんな途方もない自由が、ロックの商業的成功と両立し得た、最後の時代だったのかもしれない。
「あ、ギターだ。何か弾いてよ」
「じゃ、静かなのをな」
『天国への階段』。一昔前、階段の脇に下駄箱があるような安下宿で、若い衆が、雑魚寝する長い夜の、子守唄の定番とも、なっていた、名曲中の名曲。作曲者として表記されているのはもちろんジミー・ペイジ氏。作詞のロバート・プラント氏(本書表紙写真参照)は、アリソン・クラウス氏との共作アルバム『レイジング・サンド』をひっさげ、先日、第51回グラミー賞にて、5部門制覇とのことである。
ところで、ツェッペリンとは。20世紀初頭、ドイツのツェッペリン伯爵の設計した、硬式飛行船シリーズから由来し、この場合、飛行船全般を指しているようだ。飛行船が空の覇者であった、時代もあった。第一次世界大戦中の1915年、ドイツ軍が、初めてのロンドン空爆=空襲を行ったのも、このツェッペリン伯爵の飛行船上からだった、という。