高校1年生のとき、講談社の吉川英治文庫(現在は吉川英治歴史時代文庫)で『三国志』全8巻を、それこそ飛ぶように読んだ覚えがある。ちょうど、NHKで人形劇の『三国志』をやっていたころの話だ。
そうやって、いわば「王道」を通って『三国志』の世界に入った人間にとっては、当初、曹操は、悪役である。しかし、ちょっとこの世界に詳しくなると、新時代を切り開こうとした颯爽たる英雄としての曹操が見えてくる。そして、さらにこの世界に分け入っていくと、「政治家」曹操が、詩文の才に秀でた「文人」でもあったことが、わかってくる。
たとえば、「短歌行」という詩は、
酒に対して当(まさ)に歌うべし、人生、幾何(いくばく)ぞ
という、1度読んだら忘れられないようなフレーズで始まる、名作中の名作だ。
上杉謙信の漢詩は有名だが、日本文学史に1頁を記すというほどではない。源実朝の和歌は絶品だが、武将・政治家としての能力には疑問符がつく。だが曹操は、文武両道、草森先生の『少年曹操』(文藝春秋、1999)の帯に書かれていたように、「芸術も兵法も一流だった男」なのだ。
張海雨主編『曹操全書』(金城出版社、1995)は、その曹操の詩文を集めたもの。原文に詳細な語注、そして現代語訳(もちろん現代中国語だが)が付いていて、なかなか重宝しそうな一冊である。しかし、この装丁は?
真っ赤なバックの上の方には、見るからにむさくるしい(?)ヒゲ面の、明らかに曹操ご本人ではない写真が、小さく楕円形に切り抜かれて納まっている。そして、それよりも明らかに大きく、下の方にやはり楕円形に切り抜かれて置かれているのは、まごうかたなき、毛沢東の写真。筆を手にして、「政治家」というよりは「文人」としての風格を、漂わせている。
タイトルの下には、「毛沢東終生偏愛的書」の文字もある。表紙を開けると、毛沢東自筆の書が4ページ。書かれているのは『三国志演義』中の曹操のセリフと、曹操自身の詩文だ。
この本の主人公は、曹操なのか毛沢東なのか?
いかに曹操とはいえ、現代の中国では、こうでもしないとその詩文集を売っていくのはむずかしいのか? それとも、さすが毛沢東、死後20年近くを経てもまだまだ人気は衰えてはいなかった、ということなのだろうか?