崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

悲劇。

 少年時代は野球に熱中し、相撲を愛した草森紳一、氏の御蔵書にも、スポーツ関連の本がそれこそ、箱になるほど、あった。しかし、そのスポーツへの位置どりは一筋縄ではいかなかったようである。巨人ファンでいらしたようだが、そのありようは独特である。下記、ご自身の文章から引用させていただく。
 <私は根っからの巨人ファンであるけれど、巨人が負けた時のほうが、勝った時よりもよっぽど嬉しくなるという妙に倒錯したファン気質にと、最近は変化してきている。> (1971年、ISEZAKI 11月号掲載、「日曜日の校庭」より)
 これは、まるで。かつてのタイガースファンの心性では?
 19841985年、ニューアカデミズムの残照もさることながら、タイガースがとにかく、強かった、あの夏。UHFでのタイガース戦中継を見るために、風雨をものともせず、自ら、自宅の屋根でTVアンテナを調整するのに奮闘していたという、柄谷行人氏。柄谷氏はそのわずか、6、7年後には、ナショナリズムについての、とある講演で、大体、次のようなことを述べておられた。以下、不確かな記憶に基づいた、記述になるが、どうか、お許しいただきたい。
 <ナショナリズム、とは悲哀の共同体なのです。そう、負け試合の後半に、甲子園球場の一塁側スタンドに渦巻いている唸り、あれ、です>
 柄谷氏、浅田彰氏共同編集の思想誌「批評空間」(当時は福武書店での刊行)が元気だった頃に、都内で行われた講演会でのこの発言。大きな会場の席を埋め尽くした聴衆の反応は、薄かったようだが、分かる人には、早く言えば、かつてのタイガースファンにはこれまた、ジーンとくる一節である。そう、ゼロ年代の強くなった、タイガースを素直に受け入れられない人々にはなおさらだろう。
 かつての、タイガース。悲劇=敗北を排除することを目指す、本来の近代スポーツシステムの中、ほぼ唯一といっていいほど。悲劇を軸とし、悲劇に親しみ、味わうことを旨とする。
 てっとりばやく言ってしまえば。おそろしく弱くて、でもファンになったら、もう辞められない。そんな球団だったのです。球団というより、「劇団」と呼ぶべき。そんなタイガースが、真弓監督のもと。「悲劇団」として復活してくれそうな昨今。
 実際に、負けると。当方も、やっぱり、う、う、う、と唸っているのだけども。

その先は永代橋 白玉楼中の人