崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

情報の値段

 うわぁっ!
 その雑誌の裏表紙を見た瞬間、ぼくは思わず、悲鳴に近い大声を上げていた。Living Yellow氏と東海晴美さんが、何ごとかといったような目で、こちらを見る。
 いや、なんてことないんですよ。ただね、びっくりしたんですよ。
 草森先生の蔵書の中には、雑誌も大量に含まれている。その中でも、前々から気になっていたのが、『SD』という雑誌。誌名は「Space Design」の省略形で、鹿島出版会から出されていた、建築専門誌だ。残念ながら、2000年12月で休刊となっている。



 学問や芸術としての建築には、ぼくはまったく縁がない。なのに、どうしてこの雑誌が気になっていたのか? それは、「縁がない」ことそのものに理由がある。中に何が書いてあるのか、さっぱり見当がつかないから、逆に興味を惹かれるのだ。
 目録作成の作業では、雑誌に関してはできる限り、特集タイトルを入力するようにしている。「ソットサス・アソシエイツの建築」(1993年9月号)、「都市へ向かう透明性」(1998年2月号)、「階段 Beyond Function」(1999年8月号)、「クライン・ダイサム・アーキテクツ」(2000年6月号)……。ときには口に出しながらタイプしないと間違えそうな、ときには意味ありげだけれど向こうに何が待っているのかさっぱりわからないような、そんな特集タイトルを入力しながら、ぼくはたびたび思ったものだ。
 いったいどんな人が、どんなことを考えながら、この雑誌の表紙をめくるのだろうか、と。
 『SD』がギッシリと収まった段ボール箱は、これまで少なくとも3箱はあって、200冊近いこの雑誌を、ぼくは入力してきた。そして、先日ふと、「この雑誌はいくらなのだろう?」と思ったのだ。
 その瞬間、ぼくの手にあったのは、1990年発行の『SD別冊No.20 槇事務所のディテール』。値段を確認すべく裏返してみて、冒頭の叫びとなったのである。
 6300円。
 A4判、200ページ前後。たしかにいい紙を使った堅牢な造本だし、印刷の精度も高い。それにしても、この値段は! しかし、東海さんがおっしゃるには、「槇事務所がテーマだったら、これくらいのお金を出しても買う人はいるわよ」。
 雑誌にせよ、書籍にせよ、出版物の値段とは、モノの値段であると同時に、情報の値段でもある。だからこそ、価格設定はむずかしい。モノとしては、発行部数が多いほど、価格を安くすることが可能となる。情報としては、必要とされる度合いが強いほど、価格は高くてもかまわない。そのバランスを、どこに見出すか?
 別冊でない通常号の『SD』は、このころ、1700〜1900円くらいだったようだ。担当していた1000円の月刊誌を休刊にしてしまった経験のあるぼくとしては、なんとも複雑な思いがしたことだった。

その先は永代橋 白玉楼中の人