エラリー・クイーン。なつかしい響きだ。
高校生のころ、せいぜい背伸びをして、まだ神戸は三宮の地方書店にすぎなかったジュンク堂の洋書売り場へ行ったら、Ellery Queenのペーパーバックがズラリと並んでいた。もちろん、本格推理の最高峰とされるその作品群を原語で読むには、ぼくの英語力はまだまだだった。でも、いつかあれが読めるようになれたらなあ、とあこがれを抱いて見つめたものだ。
残念ながら、ぼくの英語の勉強はそのころが盛り。大学に入ってからは、関西弁と東京弁のバイリンガルを自慢するくらいで、語学の勉強はまったくしなくなった。そして10年くらい経ってから、急に思い立って東京は神保町の三省堂書店へ行って、ペーパーバック売り場を覗いてみたことがある。が、もうEllery Queenなんて1冊もなくて、時代の移り変わりに溜め息をついたことだった。
ニューヨークのあるホテルの一室で、身元不明の男の他殺死体が発見される。頭を殴られて殺されたこの死体は、奇妙なことに、衣服がすべて前後さかさまに着せ替えられていた。それだけではない。本棚も裏返しならば絨毯も裏返し。部屋中のありとあらゆる動かせるものが、「あべこべ」になっていたのである!
とまあ、クイーンらしい、奇抜な着想のミステリだから、「そんなアホな」というお堅い方には、ちょっとついて行けない世界かもしれない。でも、創元推理文庫版で読んだ中学時代のぼくは、この突拍子もないミステリに大いに興奮したものだ。
そのころ、やはり三宮のセンター街地下にあったジュンク堂の文庫売り場に行くと、目立って並んでいたのが、『若い人』『青い山脈』を初めとする石坂洋次郎作品。あるいは、『四十八歳の抵抗』『人間の壁』などの石川達三作品。どちらも一世を風靡したベストセラー作家だが、現在ではだいぶ手に入りにくくなってしまった。
一方のエラリー・クイーンはといえば、角川文庫版は絶版だが、創元推理文庫『チャイナ橙の謎』(井上勇訳)、ハヤカワ・ミステリ文庫『チャイナ・オレンジの秘密』(乾信一郎訳)はもちろん、主要作品はまだまだ新本で売られている。ひょっとすると、本場のアメリカよりも、簡単に入手可能なんじゃないだろうか。
ある本は、時と場所を超えて読み継がれ、ある本は、時と場所の壁を越えることはない。その選択には、出版の神様のいたずらが潜んでいるような気もする。