昔、仕事上の愚痴をこぼしていたら。その相手はこう言ってくれた。
「『750ライダー』のマスターがやっている喫茶店みたいな場所があればいいんですけどねえ」
750と書いて、ナナハンと読む。念のため。当方が「週刊少年チャンピオン」の立ち読みに興じていた頃、すでに超長期連載の域に達していたような気がする、『750ライダー』(石井いさみ先生、電子書籍として購読可能)、残念ながら、草森紳一氏、の御蔵書からはまだ発見されていない。パイプをくわえたマスターが経営する、時間の止まったような喫茶店。連載後期には、いつしか、その喫茶店が中心になって、作品世界を規定する、という展開だったように記憶している。パイプとは煙草のパイプである。念のため。
長らくの連載中断を経て、先日、待ちに待った、第5巻が刊行された『ヒストリエ』(岩明均先生、「月刊アフタヌーン」(講談社、新刊入手可能)連載中、拙文、BK1書評ポータルに掲載)。大傑作『寄生獣』(講談社、新刊入手可能)をはじめ、『七夕の国』(小学館、新刊入手可能)、『ヘウレーカ』(白泉社、新刊入手可能)と、草森紳一、氏の御蔵書には、岩明均先生の主要作品がほぼ揃っている。そしてひっそりと、本書『風子のいる店』(講談社、現在品切中)もまた、その中にあった。
瑞々しい絵柄で、灰皿と、しっかりとした椅子を備えていた頃の、喫茶店という場所の持っていた、暖かい空気と、その場所の力を借りて、成長していく彼女、が描かれていく、作品なの、だろう。何とか続刊を発見できるよう、残りの箱に期待したい。
二十数年前の喫茶店。煙草の薫りと珈琲の香りは、時間を緩やかにしてくれていた。顔なじみのバイトの、ウェイトレスさん、あるいはウェイターさんとの決まり切った、あいさつもまた。細々としてかつ茫洋たる温もり。紫煙のように儚く、このまま、これらの場所ごと消えていくのだろうか。
夜の喫茶店で、そんなことを考えていたら。ウェイトレスさんが、水を注いでくれた。