崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

お宝、発見!?

 出版社に勤めていたころ、お昼休みによく、神保町の古本屋さんをひやかして回ったものだ。それまで存在すら知らなかった、とてもおもしろそうな本に出会えるのが、楽しみだった。それを手に取って、値札を見て愕然とする。それもまた楽しみの1つか。
 蔵書整理をしていても、やはり、値段が気にかかる。そんなわけで、みなさんに入力してもらったリストを自宅で整理しながら、ときどき、「これは?」と思うようなものを、ネットで検索してみる癖がついた。
 永井荷風編(原作ゾラ)『女優ナナ』。籾山書店、1903(明治36)年刊、とリストにはある。明治36年といえば、荷風アメリカへ旅立った年だ。つまり、それ以前に書かれた、ごくごく初期の荷風の本だ。
 そう思いながら検索をかけてみて、びっくりした。「日本の古本屋」の中に、10万円以上の値をつけているところを発見したのだ!
 フランスの文豪、エミール・ゾラの作品は、ずいぶん昔に『居酒屋』を読んだっきりだ。そこで早速、新潮文庫の『ナナ』(川口篤・古賀照一訳)を買ってきた。
 たぐいまれな肉体的魅力を持つ女性ナナが、上流階級の男たちを次々と手玉にとり、財産を巻き上げ、破滅させながら、自らも破滅の道をひた歩む。原書の刊行は1880年。ゾラの代表作の1つだ。



 そんなグラマー・エンジェルに出会ったら、このオレはどうなるんだろう?
 そんなことを考えながら倉庫に戻って、『女優ナナ』を探す。出てきたのは、ほぼ文庫サイズの上製本。天金で、赤い紙クロスに金箔を押した、なかなかステキな1冊だ。開いた瞬間、見返しにはさんだパラフィン紙がひらひら舞うのも、いい感じ。内容はというと、『ナナ』の抄訳版に加えて、同じくゾラの『大洪水』、そして荷風自身による『エミールゾラと其の小説』が収録されている。保存状態は良好。すわ、お宝発見か?
 しかし、なにかおかしい。こんな小さな本が、そんなに値段がするものか?
 奥付を確認して、理由がわかった。『女優ナナ』はたしかに明治36年刊なのだが、この本はその縮刷版。大正5(1916)年の刊行なのだ。
 がっかりだなあ。……でも、同時になんだかホッとしたような、複雑な気分がした。

その先は永代橋 白玉楼中の人