崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

星の数ほどの妄想

 『ナンセンスの練習』『円の冒険』『写真のど真ん中』……。草森紳一という人は、タイトルの付け方がうまかったなあ、と思う。
 書籍編集者をやっていると、タイトルというのは、書籍のほとんど全てなんじゃないかと思うことがある。タイトルだけで売れる本、タイトルのせいで売れない本。そんな本がいっぱいあるんじゃないか、などと。勤めていた出版社の企画会議でも、タイトルの話ばっかりしていたような気がする。



 段ボール箱の中から、こんな本が出てきた。『とりこになった男たち』。一瞬、いろいろな妄想が全身を駆けめぐって、中年になったなあ、とため息をつく。でも、何に「とりこになった」のか書いていないところが、絶妙だ。
 角書きに「耽綺快譚集」とある。なにやらそれっぽい雰囲気がする。
 著者は、西川満(1908〜1999)。直木賞の候補になったこともある作家で、詩人でもある。こだわりぬいた造本で自著を限定出版したことで、愛書家の世界では有名らしい。もっともこの本は、もう少し若いころ、1955年にあまとりあ社から刊行された短編小説集である。
 表題作だけ、読んでみた。世界で一番美しい女性たちが住むという、トルコのウスクダという町へ出かけた男たちが遭遇する、女難の物語。艶笑小説、とでもいうのだろうか。少なくとも、露骨なエロ小説ではない。妄想、敗れたり。
 例によってネットで検索してみると、いくつかの古書店でヒットしたから、そんなに貴重書というわけではない。でも、国会図書館や都立図書館、大学の図書館などには、所蔵されていないようだった。
 よっぽどの発禁モノならともかく、この程度の小説でも、公立図書館にはなじまないのだろうか。
 そういう本をもすくい上げているところに、個人の蔵書のおもしろさがある。そう考えると、この世の中に星の数ほどあるはずの個人の蔵書が、それこそ輝きだして見えてくるのだった。

その先は永代橋 白玉楼中の人