あるはずの本が出てこない。
たいしてたくさんの蔵書を持っているわけではないけれど、ぼくにもそういう経験がある。たしかにあったはずなのに、見つからない。内容はもちろん、装丁も覚えているし、本棚のどのあたりに置いたかまで記憶しているつもりなのに、どうしても出てこないのだ。
でも、草森先生から、『大漢和』が出てこない、と言われたときには、ちょっとびっくりした。
諸橋轍次著『大漢和辞典』。大修館書店刊。収録親字数約5万、収録熟語数約50万を誇る、日本最大にして最高の漢和辞典である。先生がご執筆なさる上で、この辞典を参照しておきたい個所があるのだがどうしても出てこないから、ちょっと調べておいて欲しいと頼まれたのだ。
全13巻にも及ぶ超巨大なシロモノである。並べれば1メートルは軽く超える。そんなものが「どうしても出てこない」とは。先生のご蔵書の状態は、たいへんなことになっているに違いない!
そんなちょっとした「推理」をめぐらしながら、仰せの通り『大漢和』を調べたものだ。もっとも、蔵書整理に関わるようになって、わが「推理」の正しさをイヤというほど味わうことになったわけだが……
さらにうれしかったのは、「部首索引カード」も回収できたことだ。読めない漢字でも調べられるよう、漢和辞典は、漢字を部首ごとに分類して収録している。だから、どの部首がどのページに収録されているかを示す「部首索引」は、漢和辞典を使いこなす上で命綱のようなもの。何巻にも分かれた超巨大漢和辞典を使うとなると、なおさらだ。
『大漢和』の場合、使いやすいように「部首索引」は独立したプラスチックのカードになっている。ただ、薄っぺらいカードだから、ひょんなことからなくしてしまって、出版元に電話をかける人も、少なくないのだ。
あの乱雑さの中でも、草森先生はこのカードを失ってしまうことはなかった。やはり勘所だけははずさない人だったのだなあ、と感じ入ったことだった。