ノックは。と振られて「無用」と答える方も多いだろう。しかし、思い浮かべるのがマリリン・モンローか。「パンパパカパーン」のマンガトリオの横山氏か。その方の「お里が知れる」振りである。それでは。
ノックの音が。と聞いたら。星新一氏の、「ノックの音がした。」ではじまる十五編のショートショートを収録した『ノックの音が』(1974年、新潮文庫)を思い浮かべる方もいらっしゃるのではなかろうか。
御蔵書の中にあった、フレドリック・ブラウン氏の短編集、『宇宙をぼくの手の上に』(創元推理文庫、1969年初版、原書名Space on my hands,1951年、柴田元幸氏ご推薦の『新編英和翻訳表現辞典』(研究社)の編著者でもある、中村保男氏の名訳で今でも入手可能である)、文字通り綺羅星揃いのその収録作品の中でも、「ノック」(Knock)という一編は、前出、星新一氏の連作『ノックの音が』と、同じ前提を共有しているようで、興味深い。その前提とは。たった二つの文から構成され、……で終わる、史上最短のショートショート、「詠み人知らず」のこの名作の存在である。
と勿体ぶって自ら紹介した、この最短「作品」を無粋にも解説しはじめるブラウン氏。そして、するすると別の物語が流れ出す。こんな粋な短編から、『シカゴ・ブルース』(創元推理文庫)をはじめとするミステリ、『真っ白な嘘』(創元推理文庫、収録の同名作品)などがまず思い浮かぶショート・ショート、そして『天の光はすべて星』(早川SF文庫)など長編SFまでを股にかけた活躍を見せた、フレドリック・ブラウン(Fredric Brown)氏。そのデータはインターネット上に溢れている筈。是非、様々なキーワードと組み合わせて検索していただけたら。
ただ当方から一言、お許しいただければ。氏の魅力は、天を翔けてやまない、強靱な想像力と、地に足がついた、これまた強靱な現実感覚の絶妙な、バランスの上に成立していると言えよう。本書の序文はこんな風に閉じられている。
<読者よ、これらの短編さんにお会いください。月に思いをよせるハツカ鼠君に、救援にかけつけた怪物ベム諸君に、ゴキブリの思念投射に惚れこんだ男に、目立たない深紅の服を着た探偵氏に、ポルカ・ドットのネクタイを締めた駝鳥君に、サンドウィッチの中の宇宙船と、口の聞けない雛さんがたに、そう、ぜひ会ってください。
願わくは、これをお読みになった読者の喜びが、これを書いて私が得た小切手を現金化したときの喜びにまさるとも劣らぬことを!>
そしてブラウン氏の予告通り、ハッピーエンドを迎える、前出の傑作、「ノック」は次の二文で終わる。
<地球上にのこされた最後の男が部屋に一人で座っていた。ドアにノックがして……>