崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

ネズミ人間、参上!

 ネズミ男ではない。それは水木しげるゲゲゲの鬼太郎』のアンチ・ヒーローであり、大泉洋のはまり役だ。
 湯浅明著『ネズミ人間の誕生』(自由国民社、1980年)。刺激的なタイトルだ。そして、カバーに使われている図版。どこから取ってきたのかわからないが、ネズミとも人間ともつかない、そしてもちろんネズミ人間ではあろうはずもない、ヨーロッパ中世の悪魔崇拝でも思わせるような、妖しい雰囲気だ。



 が、この本、「分子生物学——自然への新たなる挑戦」というサブタイトルが付いている。そして中を開いてみると、なんてことはない。今で言う遺伝子工学のきちんとした啓蒙書だ。著者は、1908年生まれの東大名誉教授。そちら方面の啓蒙書をたくさん書いた人のようだ。別にアヤシイ本ではないのである。
 じゃあ、どうしてこんなタイトルを付けたんだろう?
 編集部が「売れ筋」を狙ったのか? 「まえがき」を読むと、「人の細胞とネズミの細胞との雑種は、まず世人を驚かせた報告である」から「ネズミ人間」を題名とした、とある。調べてみると、『朝日新聞』の1976年6月23日付朝刊の「みんなの科学」という欄に、ヒトとネズミの掛け合わせ細胞の話が載っている。とはいえ、本書が出版される4年も前の話だ。ホットな話題、というわけでもないだろう。
 著者にこだわりがあったのか? それとも、だれかがひょんなことから言い出したタイトルが、ひょんなことから決まってしまったのか?
 古本を手に取りながら、そんなことを夢想するのは、このうえなく楽しい。
 それはともかく、草森紳一先生とのお付き合いの中で、科学の話をすることはまずなかった。蔵書を見る限り、SFはお好きなようだが、それもいわゆる「ハードSF」ではなさそうだ。
 タイトルとカバーに惹かれて、お買い求めになったのか?
 でも、ホーグランド『遺伝子のはなし』(現代教養文庫、1981年)とか、ワトソン『二重らせん』(講談社文庫、1986年)なども、作成中の蔵書目録には混じっている。ある時期、そちら方面にご興味をお持ちだったことが、あったのかもしれない。

その先は永代橋 白玉楼中の人