崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

文学・歴史

結末。

今はもうマンションになってしまった、とある劇場で『オブローモフの生涯より』(ニキータ・ミハルコフ監督、ソ連、モスフィルム、1979年、DVD有り)という映画を観たのはいつのことだろうか。流麗な音楽、陽光溢れる、美しい映像。疲れていたせいか、気が付…

ポケットに刑法を突っ込んで

『新律綱領改定律例改正条例伺御指令袖珍対比註解』。 きちんと書名を書くとなると、漢字ばかり22コも並んで、こんなにタイヘンなことになってしまう。奥付によれば、安井乙熊著、1878(明治11)年、同盟舎刊の本である。 この長ったらしい書名は、4文字ず…

中退。

中退者の方々の活躍で、まず有名なのが、タモリ氏、広末涼子氏を輩出した、早稲田大学であるが、その傍らで、こちらも、輝かしき中退・除籍者たちが出入りしているのが、東京外国語大学である。『浮雲』で言文一致体を構築した二葉亭四迷氏、ルポライターの…

手書きの文字を前にして

まだまだ十分にうぶだったころ、年上の女性から年賀状をもらって、その字の美しさに、あっというまに恋に落ちてしまったことがある。また、ある文学館でお気に入りの作家の自筆原稿を目の当たりにして、なんだかちょっと幻滅してしまったこともある。 手書き…

赤いお牛にまたがって

廬山(ろざん)といえば、中国を代表する景勝の地である。古くは、陶淵明(とうえんめい)や白楽天といった名だたる詩人たちが遊んだ場所であり、近いところでは毛沢東の別荘があったことでも有名だ。 1921(大正10)年4月下旬のある日の昼下がり、この山の…

主人公はだれなのか?

高校1年生のとき、講談社の吉川英治文庫(現在は吉川英治歴史時代文庫)で『三国志』全8巻を、それこそ飛ぶように読んだ覚えがある。ちょうど、NHKで人形劇の『三国志』をやっていたころの話だ。 そうやって、いわば「王道」を通って『三国志』の世界に…

白く輝く銀の文字

大学4年生の夏、唐津から指宿へと、10日ばかりかけて九州を旅をしたことがある。そのとき、天草のユース・ホステルで出会った、たしか横浜で郵便局員をしているというバイク乗りのお兄ちゃんが、こんなことを言っていた。 「世の中には坂本龍馬派と西郷隆盛…

のすたるぢい。

家のない人々は、近年さまざまな危険を避けて、終夜眠らず、荷を負いながら、ただただ歩き続けるのだ、とある人から聞いた。家を失う、ということは、必然的に絶えざる移動を引き起こす。間違っても、冬の路傍に水など撒く、ものではない。 草森紳一、氏の御…

時の流れ。空の色。

メガホンを口にあて『恋愛論』『幸福論』を歌う椎名林檎嬢には間に合わなかった。しかし、白いドレスでピアノに向かい、弾き語る、『歌舞伎町の女王』には間に合った。 『レ・ミゼラブル』を観たことも読んだこともない。その作者ヴィクトル・ユゴーについて…

気力。

[ 草森紳一、氏の御蔵書の中にあった、本書『東京大地震史』。朝倉義朗著、日本書院発売。奥付には大正十二年九月二十八日印刷、同年九月三十日発行、とある。著者によるはしがきの日付は同年九月二十日。その年、その九月一日、関東大震災発生。十四頁にわ…

ダンス、ダンス。

ヤード・セールという言葉を本書『ぼくが電話をかけている場所』(レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳、中公文庫・品切中:表題作や、『大聖堂』など、もっとも重要な彼の短編作品は同じく村上春樹訳の中公文庫『Carver's Dozen レイモンド・カーヴァー傑…

直球勝負の生きざま

時は大正。小説家の村岡は、友人野々村の妹夏子と知り合い、二人は恋に落ちる。やがて、帰国後の結婚を約束して、ヨーロッパへ旅に出る村岡。二人の愛を語る手紙は、ユーラシア大陸を何度も往復する。半年の後、帰国の途についた村岡は、しかし香港の手前の…

19にして心すでに……

この漢字、なんて読むんでしょうね? そんなふうに声を掛けられると、身構えてしまう。何を隠そう、ぼくは一応、漢和辞典の編集者をしていたということになっている。加えて、円満字二郎というこの本名で、一見したところは「漢字本」としか見えないような著…

黒塗りの向こうには

本の価値とは、いったい何だろうか。 書かれている内容が、人類の知的遺産としてかげがえのないもの。そういう本なら、千古不滅だろう。でも、そんなに確実な「価値」を持つ本など、めったにない。世の中に生まれてくるほとんどの本は、時代の荒波にもまれて…

大盛トンカツ。

泉にんにく、囲まれ天丼。子どものころ、聞いた『ブルーシャトー』(作詞:橋本淳、作曲:井上忠夫、ジャッキー吉川とブルーコメッツ)の替え歌、である。脚韻をいじったこの高等技術、たぶん元をたどると、黎明期の深夜ラジオ、最初期の腕利きハガキ職人の…

3世紀半の重み

蔵書の中には、江戸や明治の和綴じ本も、少なからず含まれている。そのリスト化は、なかなかたいへんだ。基本的に汚れがひどく、製本が壊れかかっているようなものも多い。触るだけでも勘弁してほしいという人も多いだろう。さらに、きちんとした扉や奥付が…

お宝、発見!?

出版社に勤めていたころ、お昼休みによく、神保町の古本屋さんをひやかして回ったものだ。それまで存在すら知らなかった、とてもおもしろそうな本に出会えるのが、楽しみだった。それを手に取って、値札を見て愕然とする。それもまた楽しみの1つか。 蔵書整…

冷たい手。

先頃、亡くなられた米国俳優ポール・ニューマン氏。『ハスラー』、『スティング』など出演した名作は数多い。 幼い頃。淀川長治氏の解説付きでブラウン管を通して、出会った、初めてのハッピーエンドでない映画、それが。1967年、ニューマン氏の出演した『暴…

堀辰雄のため息

堀辰雄といえば、『美しい村』や『風立ちぬ』で知られる小説家だ。軽井沢あたりの高原で、詩を書いたり油絵を描いたりしている男女のちょっとおしゃれな生活。そんなイメージがある。 だから、『堀辰雄 杜甫詩ノオト』(内山知也編、木耳社、1975年)という…

星の数ほどの妄想

『ナンセンスの練習』『円の冒険』『写真のど真ん中』……。草森紳一という人は、タイトルの付け方がうまかったなあ、と思う。 書籍編集者をやっていると、タイトルというのは、書籍のほとんど全てなんじゃないかと思うことがある。タイトルだけで売れる本、タ…

切れ端を手に取りながら

草森紳一先生の蔵書の中には、全集の「切れ端」があちこちに散らばっている。『荷風全集』や『安藤昌益全集』『エイゼンシュテイン全集』『名作歌舞伎全集』などなど。かなり数が揃っていそうなものもあるが、本当に全巻揃っているのかどうかは、全ての段ボ…

美女・無頼・ダイエット。

御蔵書の中には、当方の「近過去」を思い起こさせる書物もある。 『町でいちばんの美女』。チャールズ・ブコウスキー著、青野聰訳。新潮社。単行本。 1994年3月20日初版。ピンクの付箋が一枚貼られた御蔵書は、1996年9月30日の第16刷。当時、本書を青山ブ…

その先は永代橋 白玉楼中の人