崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

蔵書をいったいどうするか(12)「船長、陸地が見えます!」

そろそろ、大船に乗った気になっても良いような雰囲気である。
まだまだ、という声も聞こえるけれど、小さな船で荒海に漕ぎ出したときの
心細さを思い出せば、荒れ模様もそろそろ終盤ではないかと思いたくなるほどの
今は凪。遥か彼方に陸地が見え隠れし、望遠鏡をかざせば手を振っている人だって見える。

何がって、もちろん「蔵書整理プロジェクト」号の終着地のお話。
この間、難破しなかったのは幸運。船長の指揮力か本たちの引力か。
ハラハラドキドキの航海がおもしろくって、まだまだ乗り続けたいっていう仲間もいるほどだから。

でも段ダンボール箱の中に押し込められた本たちのことも考えてあげなくちゃあね。
開いてくれる人々との出会いを待っているはずだから。
ファンタジー映画なら、開けたとたん、時空を越えたさまざまな登場人物が画面いっぱい現れるはず。

先日訪れた地に、『華氏451』のラストシーンを思い出させるような木立があった。
夢想する。
静かな森があって、美味しい自然食の食堂があって、木の香りのする心地よい宿舎があって。そして中心には巨大な平屋の図書館。そんな本読み人の国を。
ひと夏の、あるいはひと冬の、図書館こもり生活は、生きることをリセットするためのとびきり贅沢な時間。できれば周辺に、小さな劇場と、音楽堂があれば。

『華氏451』(レイ・ブラッドベリ作)は、本が焚書される未来の時代に、森に隠れ住んだ人たちが1冊1冊暗誦して、「本の人」になるというお話。
音更の書庫「任梟廬」(にんきょうろ)門前仲町のマンションにあった草森さんの本たちを合わせると約6万冊。これらの本を確かに読んでいた草森紳一さんは「6万冊分の本の人」だ。

「6万冊分の本の人」を守り神にした、本読み人の国――。
“夢想はおやめ、現実を見なきゃあ”という声が聞こえるが、夢見ることからあらゆることが始まるのだし。実際に体験してきた厳しい現実は、またの機会にね。

貴重な本たちの終の棲家を、人と本とのスペースを、しっかりと見届けたい。

その先は永代橋 白玉楼中の人