私は買ってもらったのに読めなかった本がたくさんある。
その中でもぼんやりと当時をよく思い出すのが、
『お姫さまとゴブリンの物語』『カーディとお姫さまの物語』
(マクドナルド作/岩波少年文庫)だ。
ある日小さな私は、父が真剣かつ集中した顔つきで『お姫さまと
ゴブリンの物語』を読んでいるのを目撃した。はっと目を惹かれたのは
その表紙、きらきら目の金髪少女と少年に薔薇枠が飾られた、流麗なイラスト。
岩波少年文庫シリーズの中で、少女漫画タッチの絵が表を飾ってるなんて
それまで見たことがない。もっとよく目を凝らすと、ちょうどその頃
父に教えられハマっていたマンガ『ファラオの墓』の作者、竹宮恵子の絵だと
気がついた。あの絵柄が岩波少年文庫のカバーに使用されているのは新鮮で、
かつどこか不思議と、俗っぽい匂いがする。それが更に、この本に対する
好奇心を倍増させていた。
三軒茶屋の本屋さんで、私は早速児童本のコーナーへ走り、
黄緑色の背表紙を目印に同じ本を見つけた。母に「これがほしい」と告げると、
その後ろに父がやって来て‘あっ’という顔をした。それから小さな声で母に
「凄いな、あれは俺がいま読んでるところだよ」。
父は、娘の生まれながらの本能がこの本を選び取った、そこに親子の偶然の
一致をみたと思ったのだ。でも本当は私の、目聡くすぐに同じ物を欲しがる
イミテーションに過ぎなくて、ちょっと後ろめたい気がした。
晴れて手にしたこの2冊は、結局読まなかった。小さな文字が難解に思えた。
けれど時々手に取っては、この煌々と明るく美しく挑戦的な表紙だけを見て、
どきどきしていた。
父が亡くなってからマンションを最初に訪れた時、このマクドナルド作の
2冊の背がピカン!と目に留まった。廊下から続く本棚の列の一番奥の棚、
手に取りやすい位置にきちんと並んでいた。読んだのは随分昔であるはずなのに、
まだこんな目立つ場所にあるなんて。懐かしい。私はもうこの2冊、持っていない。
蔵書目録にもタイトルを見つけ、倉庫に積んだ箱から出してもらって借りた。
扉を開くと蔵書印がポンと押してある。やっぱり父のお気に入りの1冊だったんだ。
あの時、果して私はいくつだったんだろう?
1985年、第1刷発行。
私は4歳。読めないのも当り前だと呆れながら、そんな風に読書は、
いつも背伸びしていた自分を思い出す。