崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

NO MORE BOOKS ! 2 父とお姫さまとマクドナルド

私は買ってもらったのに読めなかった本がたくさんある。
その中でもぼんやりと当時をよく思い出すのが、
『お姫さまとゴブリンの物語』『カーディとお姫さまの物語』
(マクドナルド作/岩波少年文庫)だ。



ある日小さな私は、父が真剣かつ集中した顔つきで『お姫さまと
ゴブリンの物語』を読んでいるのを目撃した。はっと目を惹かれたのは
その表紙、きらきら目の金髪少女と少年に薔薇枠が飾られた、流麗なイラスト。
岩波少年文庫シリーズの中で、少女漫画タッチの絵が表を飾ってるなんて
それまで見たことがない。もっとよく目を凝らすと、ちょうどその頃
父に教えられハマっていたマンガ『ファラオの墓』の作者、竹宮恵子の絵だと
気がついた。あの絵柄が岩波少年文庫のカバーに使用されているのは新鮮で、
かつどこか不思議と、俗っぽい匂いがする。それが更に、この本に対する
好奇心を倍増させていた。

三軒茶屋の本屋さんで、私は早速児童本のコーナーへ走り、
黄緑色の背表紙を目印に同じ本を見つけた。母に「これがほしい」と告げると、
その後ろに父がやって来て‘あっ’という顔をした。それから小さな声で母に
「凄いな、あれは俺がいま読んでるところだよ」。
父は、娘の生まれながらの本能がこの本を選び取った、そこに親子の偶然の
一致をみたと思ったのだ。でも本当は私の、目聡くすぐに同じ物を欲しがる
イミテーションに過ぎなくて、ちょっと後ろめたい気がした。

晴れて手にしたこの2冊は、結局読まなかった。小さな文字が難解に思えた。
けれど時々手に取っては、この煌々と明るく美しく挑戦的な表紙だけを見て、
どきどきしていた。

父が亡くなってからマンションを最初に訪れた時、このマクドナルド作の
2冊の背がピカン!と目に留まった。廊下から続く本棚の列の一番奥の棚、
手に取りやすい位置にきちんと並んでいた。読んだのは随分昔であるはずなのに、
まだこんな目立つ場所にあるなんて。懐かしい。私はもうこの2冊、持っていない。

蔵書目録にもタイトルを見つけ、倉庫に積んだ箱から出してもらって借りた。
扉を開くと蔵書印がポンと押してある。やっぱり父のお気に入りの1冊だったんだ。
あの時、果して私はいくつだったんだろう?

1985年、第1刷発行。

私は4歳。読めないのも当り前だと呆れながら、そんな風に読書は、
いつも背伸びしていた自分を思い出す。

その先は永代橋 白玉楼中の人