それぞれの立場の人が覚悟はしていたものの、草森さんの死はやはり突然に訪れた。
『en-taxi』の連載を落としたと聞いたとき、「ア、今度こそダメだ」と編集者のFさんは息を呑んだそうだ。
亡くなったと思われる前夜は電話で仕事の長話、夜中にはコンビニに買い物に出かけている。体調が良かったとは言えないものの、いつもどうりの夜だったに違いない。
荼毘に付すとき、沢山の蔵書と一緒に燃やしたいと思った。バリ島の壮大な火葬のように。そうすれば草森さんの魂と本の魂が、至福の炎に包まれながらゆっくりと天に昇っていくさまを見ることができただろう。
しかし夢見ている閑などなく葬儀は終わり、門前仲町のマンションを埋めつくす蔵書の山をどうするか、早く結論を出さなければならなかった。
「俺の本を踏むのは、俺の顔を踏むのと同じよ」。草森さんはそう言っていたけれど、危なっかしい足取りでマンションの本の山をよじ登り、本の洞窟を探検しながら、ここを凍結させて〈草森紳一ワンダーランド〉にしたいわねと言い合った。『妖精文庫』があるかと思えば、豪華『王羲氏書蹟大系』があり、本が崩れたとき『近代戦と日本刀』や『バベルの神話』が顔を覗かせた。
しかし、遊んでいる閑もない。床がどうもフワフワだという助言に、家賃の心配もあった。関係者の意見は3種類。
(1)古本屋のトラックを呼んで、早く売り払ってしまうのが一番。(まだそんな気持ちにはなれず、廃棄されたらそれっきりだ)
(2)李賀や副島種臣など貴重な蔵書だけでも残して欲しい。(そうしたい。でもどうやってこの山から選び出す?!)
(3)メモの1枚たりとも草森の残したものを散逸させてはいけない。一括寄贈して欲しい。(理想的、かもしれないが……具体策は?)
もしかしたら古本屋から多額の請求書が来るかもしれないし…… 遺族は悩みに悩んだ。
(次号完結?)