崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

不在。

 氏の御蔵書、その中の数千冊にのぼる、マンガのリストをしばらく、眺めていて、ふと、あるマンガ家の作品が見つからない、のに気づいた。
 業田良家先生。80年代中期、『AKIRA』(大友克洋先生)連載中の「ヤングマガジン」誌上、『ゴーダ君』を連載、本格ストーリー四コマの地平を地道にしかし、決定的に切り開いていた。たぶん彼の存在なしには、現在の西原理恵子先生、森下裕美先生のあり方も大きく異なったものになっていたであろう。
 その後、阿部寛氏、中谷美紀さん主演で映画化に至った、ストーリー四コマの金字塔とも呼びうる、『自虐の詩』(80年代末〜90年代初頭にかけて「週刊宝石」(光文社)連載、竹書房文庫収録)を生み、そして、現在、是枝裕和監督、ぺ・ドゥナさん主演で、好評上映中の映画『空気人形』もまた、『ゴーダ哲学堂』(竹書房文庫、2007年)収録の一短編の忠実な映画化作品である。
 『シアターアッパレ』をはじめとする政治マンガ、『独裁君』など国際政治マンガにおいても、他の追随を許さない、業田良家先生の諸作品。しかし、御蔵書の中にはまだ発見されていない。
 もちろん、全てのマンガを読んでいる人など、いない。これは間違いない。しかし、御蔵書の中にあるものについて、書く、という暗黙の了解をここではあえて破ることにする。「不在」のマンガについて、書く。
 業田良家先生の諸作品に通底しているのは。「不在の存在」とでも呼ぶべき主題である。『男の操』(小学館、2006年)を挙げれば、それは、録画されたビデオテープの中に存在しているという幻想を、遺された父子が必死に支えている、今は亡き妻、母の存在である。事実上の先生のデビュー作『ゴーダ君』に立ち戻れば、ゴーダ君が風呂なし四畳半で貧乏バイト生活をして無理矢理、支えているのは、帰ろうにもなかなか帰れない、地球からはるか遠く、宇宙に浮かぶ故郷の星のすっからかんの財政である。『独裁君』が北の国で、「独裁」を続けたのは、やがて訪れる自らの「不在」への果てしない恐怖からである。そして、『空気人形』の彼女は、文字通り、その内側の「不在」に支えられている。
 そう。こんな「不在の存在」について。草森紳一、氏と業田良家先生について、語りあえたら、と思ってしまった今になって。一読者に過ぎない当方は、氏の「不在」をはじめて認識しているのかもしれない。 
 <形がないから
 あなたは消えないと言った

 それが男と女の操>
(『男の操』、作詞 五木みさお、『男の操』下巻、より)

その先は永代橋 白玉楼中の人