崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

産業。

 花火大会に向う人々で混雑し始めた、電車の中で、「こち亀、予約した?」などと子どもたちが話していた。ストーリーともギャグともつかぬ、独特の世界を、「週刊少年ジャンプ」誌上に構築しつづけて、はや三十数年。秋本治先生の代表作『こちら葛飾区亀有公園前派出所』、香取慎吾氏、主演の実写ドラマも好評のようだ。ただ、記憶の片隅には、70年代、せんだみつお氏主演による、同作品の実写映画版の新聞広告が鮮明に残っている。深夜のブラウン管でも、ネット配信でも、こちらもいつか、観てみたいものだ。
 両津勘吉氏といえば、その「相棒」はあの中川圭一巡査である。中川コンツェルンの御曹司。「先輩には絶対に金は貸さない」という原則を守りつづけてはいるが、戦闘機、戦車のたぐいは、平気でぽいぽい貸してくださる、ありがたい後輩さんである。さて、この彼の「実家」、中川コンツェルンは、彼の祖父の代、時期的には先の大戦前・戦中期にその礎を築いたように見受けられる。そして、現在も彼の一族の米国との縁は深い。彼の貸してくれる、空母からなにから、基本的には米国製である。一体、その富に潜む謎とは。

 草森紳一、氏の御蔵書の中では、本書は少し毛色が異なる。正統的な経済史書であり、現在も斯界の基本文献である、『産業革命』(T.S.アシュトン著、中川敬一郎訳、1973年、岩波文庫(新刊入手可)、原著、1947年)。扉には御蔵書印が押されてある。
 テーマは1760年から、1830年の英国を中心とする「産業革命」。さすがに中川コンツェルンの源流には遠すぎる。
 長年、名のみ耳にしつつも、手にとらないでいた本書であったが。「技術の進歩」の分析だけにとどまらず、その背景、労働者の生活基盤、アダム・スミス国富論』、特に「レッセ・フェール」俗に自由放任主義と受け止められがちな、その思想と現実社会の相互影響、そして、地道な個々の企業史、帳簿の山との格闘の成果とも言える、当時の利子率、企業の資金流通、金融の実態分析を踏まえた、怜悧な分析と読みやすさ。現在も生きる名著なの、だろう。序章を読んだ限りでは。
 原著版まえがきに。本書執筆時の著者の勤務大学、後に麻生現首相も、ローリング・ストーンズミック・ジャガー氏も在籍された、LSEロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、F・J・フィッシャー氏をはじめとする、同僚、学生たちへの謝辞が丁寧にしたためられている。ハーヴァード大学のW・W・ロストウ氏との「短い会話」にも。
 ベトナムをはじめ、米国の国際政策に長年、影響を及ぼすことになる、所謂「テイク・オフ」、経済発展段階論のロストウ氏。その後、ロストウ氏は本書をどう受け止めて、「産業革命の無かった国」=「発展途上国」を見つめていったのだろうか。
 

その先は永代橋 白玉楼中の人