崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

不犯。

 いま、このタイトル、を変換しようとして果たせなかった。ふぼん、と読む。宮本武蔵氏は生涯不犯、であったと伝えられている。つまり、早い話が、一生、女を抱かなかった、ということである。草森紳一氏の御蔵書にも残されていた、井上雅彦先生の渾身の作品『バガボンド』(講談社)に描かれる武蔵。
 こんなにセクシーな武蔵氏とあの美しいお通やさまざまな美女たちが結ばれない、というのは、吉川英治氏の文字の世界以上に、信じがたい。本当に水もしたたる、のに。

 『バガボンド』が、吉川英治氏が文字世界で処理する以上の困難、「日本一、強く、美しい童貞」像を結果的に描き続けざるをえないという、困難は、『週刊モーニング』(講談社)のもう一つの、看板連載、「二十数年、やりまくって。出世しまくり」の団塊社長、島耕作氏と並べると。言葉に絶する、断絶がある。しかも、二人とも「戦士」を自負しているのだ。
 しかし、武蔵氏もまた、生涯リアル「人殺しまくり」なのである。平成の世では、「やりまくり」は合意の上なら、まったく罪にならず、勲章にさえなるが。社会人は真剣勝負であれ、一人でも、流血沙汰を起こしたら、ほぼ社会生命は絶たれる。
 時代、社会が違う。物語の上でのことだと、言うのはたやすい。しかし、仕事帰りに電車に揺られながら、この二人の男の「戦い続ける人生」の頁を繰る、社会人を思い浮かべる。社会の欲望が求める物語、そして画像がいかに過酷なものになるのか、をあえて、疲労した目に焼き付ける、背広姿の男たち。
 『課長島耕作』から『社長島耕作』に至る、『島耕作シリーズ』(弘兼憲史講談社)で描かれる、女体たちのグロテスクとも呼べる、圧倒的な現実感は、藤井隆氏、東野幸治氏などにも定評がある。「それら」との限りない絡みもまた戦いなのか。
 本書、写真の上段は吉川英治氏『宮本武蔵朝日新聞連載時(昭和十三年(1937年)一月〜十四年(1939年)七月分)の新聞挿絵をまとめた画集『「宮本武蔵」挿絵集』(石井鶴三・画、昭和十八年(1943年)、朝日新聞社)から、「巌流島の決闘」である。
 宮本武蔵氏、島耕作氏。彼らは今。この淡泊な画像から、限りなく遠く、かつ限りなく近い、そんな場所にいる、としかいえないのかもしれない。
 

その先は永代橋 白玉楼中の人