崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

煙草。

 お金が通用しない、使えない時、何が通貨代わりになるか。一昔前までは、特に戦争映画・マンガの世界では、大抵「煙草」だった。ニヒルな副主人公あたりが不慮の死を遂げる時、主人公にせがむのは。決まって「最後の一服」だった。
 かつては、米軍兵士の支給携行食料(所謂レーション)の中にも、必ず詰め込まれていた煙草。煙草が現在の兵士たちとどんな関係を結んでいるのか、当方には知る術もない。
 煙草がその種の「かっこよさ」との結びつきを失ったのは、この国では90年代に入ってからだろうか。それ以前は、さすがに、陸上競技周りでは煙草の匂いはしなかったが、ラグビー、野球部などの周辺にはまだ灰皿があった筈だ。少し前「スポーツは健康に悪い」という主旨の本を読み始めて、共感しつつも、「スポーツは煙草と同じくらい健康に悪い」という表現には。苦笑するしかなかった。

 さて、草森紳一、氏の御蔵書の中の本書、『青田昇の空ゆかば戦陣物語』(青田昇光人社、昭和59年(1984年))。青田昇氏。昭和17年(1943年)、旧制中学在学中、巨人軍入団。その後、昭和19年(1944年)陸軍飛行学校に志願、戦闘機パイロットとして訓練中に終戦を迎え、阪急を経て、巨人軍に復帰、首位打者1回、打点王2回、本塁打王5回を獲得。引退後も長く球界のご意見番を務められた。本書、帯への長い推薦文が、あの長島茂雄氏によるということからも、青田昇氏の当時の存在感を感じることができる。
 もちろん、飛行学校内の候補生は禁煙。しかし本書には、煙草をめぐるさまざまな悲喜劇が頻出する。トイレでの一服。防空壕での一服。不寝番での一服。無論、酒保で彼らが煙草を売ってもらえる訳もない。使用・未使用を問わず、「調達する」のである。
 ある時、隊長室からの煙草の「調達」が露見する。なぜばれたのか。探偵小説マニアの候補生も謎解きに加わるが、謎は深まる。たった一本なのに。ある士官のこんな一言で謎は明かされる。明快極まりないその謎解きとは。
 「(一本ずつでも)十名で盗めば、十本なくなるぞ」(本書、p,43より)
 無論、プライマリー(初級グライダー)からユーグマン複葉機(初練)を経て、97式単葉戦闘機に至る、当時の日本陸軍パイロット養成課程も、詳述された本書。読み応えがある。 

<「三番センター青田、四番ファースト川上―」
 場内放送されて守備についたとき、上空にポッカリ浮かぶ白い雲を眺めると、
 「あれが、オレの墓標になったかも知れないのだ」
 ふと、そんなことを、考えたこともあった。>(本書、p.229より)

その先は永代橋 白玉楼中の人