崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

iMacの魅力、紙の本の醍醐味

 もう10年くらい前、ある出版社で漢和辞典の仕事をしていたころ、いつかプラスチックのケースに入った漢和辞典を作ってみたい、と考えたことがある。
 透明なプラスチック・ケースの中に納める本体の表紙クロスは、たとえば、赤、青、緑の3色を用意する。本文はもちろん、2色刷りだ。
 ふつうに使われる黒インクのことを、業界では「スミ」といい、2色刷りの場合のスミではない方のインクを「特色」というのだが、表紙クロスが赤なら特色も赤系統、青なら青、緑なら緑といった具合にそろえてやろう。つまり、内容は全く同じだけれど、色が違う3つのバージョンの漢和辞典ができあがる。それを、スケルトンなプラスチック・ケースに入れて、お好きなカラーをお選びください、というわけだ。
 言うまでもなく、当時、ヒットしていたiMacのパクリである。だが、この方法を採れば、本体は3色、作り分ける必要があるが、ケースだけは1種類で済む。そのぶん、コスト・ダウンできると思ったのだ。
 結局、このアイデアを実現するチャンスは、訪れなかった。今になって考えてみると、色ごとに売れ行きが大きく違ったりすると、在庫調整・重版の管理がたいへんだ。提案しても、にべもなく却下されていたことだろう。
 でも、1冊の本を作るのに、その仕上がりイメージについていろいろと考えをもてあそぶのは、とても楽しいことだった。書籍編集の醍醐味の1つは、まちがいなくそこにある。



 さて、蔵書の中から出てきた新潮文庫の『日夏耿之介(ひなつ・こうのすけ)詩集』。1994(平成6)年に「新潮文庫の復刊」の第5回配本として重版されたものだ。初版は、1953(昭和28)年の刊行である。
 「ゴシック・ロマン体」と呼ばれる独特な世界を作り上げることに成功した、日夏耿之介の詩業。カバーに印刷されたキャッチには「見慣れない文字、特殊な訓、異様な語句、風変わりな表現……」とある。気になるキャッチだ。だが、もっと気になるのは、このカバーだ。
 淡い凹凸をつけてスジ状の横縞を入れた、和紙を思わせる半透明の紙。左側に大きく見える「日夏耿之介」の文字は、実はその裏側に鏡文字として印刷されたものだ。それが、紙を透けて見えて、なんとも言えない微妙な雰囲気を醸し出している。
 「新潮文庫の復刊」シリーズは、みんなこんなカバーだった。高そうな紙だし、ふつうは表だけで済む印刷を裏にもするのだから、印刷代だってばかにならない。でも、カッコイイよなあ!
 紙の本には、やはり、紙の本独特のおもしろさが、あるのだ。

その先は永代橋 白玉楼中の人