崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

新聞。

 遠い、昔。朝の表参道で待ち合わせした女性の、サザビーのリュックからはその日の朝刊が覗いていた。喫茶店に入って、二人して、珈琲を飲みながら、煙草を吸い、新聞を読んた。どこかの原発で小さな事故があった日だと思う。それから、今はもうない同潤会アパートをながめながら、今はもうない小さな映画館に向かった。
 購読しなかった期間もかなりあるが、当方、とにかく新聞が好きで。今も紙の新聞がない朝は、落ち着かない。草森紳一、氏の御蔵書中、というより資料の山の中。「周恩来死去」の日の朝刊と同じく、ほとんど切り抜きもないまま、保管されていた、この朝刊。幼い頃の当方もまた、同じ見出しを読んでいたはずである。こんな小さな文字の羅列に、あんな歳で熱中していたなんて、どうかしている。無論誤解だらけ、同時期の夕刊、「京大に赤ヘル軍団集結」の見出しに、「どうして、京都に広島カープファンが!」などと意味不明の質問を発したような。この日もどれだけ理解していたことか。

 無論、この大見出しも一大事なのだが。この下段の広告の月刊誌『ラジオの製作』10月号、定価530円:特集10ヵ語判別とモールス入門(電波新聞社)、そして同欄記載の別冊「BCLの夢を大きく拡げる 世界放送局めぐり」定価850円(野口実 著)には感涙だ。ソニーももう本格短波ラジオICFシリーズの生産を打ち切った絞った今。海外短波放送が当時、放っていた魅力を、どうやって、生まれたときからのWEB世代に伝えることができるだろうか。
 年月を経た新聞紙の、独特の匂いにときめきつつ、経済面を開く。「円急騰、1ドル=285円台 ロンドン市場」などにも惹かれるが。この1976年9月10日付の最重要記事は。今から観れば以下の見出しに尽きるのだろう。
 「家庭用カラーVTR乱戦 ビクターも販売へ 計4種 規格統一は困難に ビクターが売り出す家庭用カラーVTR「ビデオカセッター」」
 所謂VHS、VHS方式ビデオテープレコーダーの民生用初号機の、登場である。当時の4種の規格とは、最後発ビクターの「VHS」、三洋電機東芝の「Vコード」、ソニーの「ベータマックス」(所謂ベータ、である)、松下電器産業の「ホームビデオVX-2000」だそうだ。記事には「業界の懸案である規格統一は当面、不可能な情勢となった。」とある。この「ビデオカセッター」。価格25万6千円。(テープは2時間もので6000円)。
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 金。金。金。
 TV欄。10チャンネルのNET(現在のテレビ朝日)。金曜夜9時の連続ドラマは。
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 やっぱり。TVもいい。

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