さて、本書を読み終えて、荷物をまとめにかかろうか、と表見返しをみると。大きな三角のご尊顔が微笑んでいる。ご朱印まで押されている。「草森紳一様 伸坊」と大書された本書。やはり、天網恢々疎にして漏らさず、当方の心中など見通されていた。まごうかたなき、南伸坊先生、ご自身から、草森紳一、氏への御献本である。
さて、中国古典の怪異譚、に題材をとり、それぞれを、数頁のマンガ作品に仕立てた、14の短編からなる本書。一読、味わい深く表現しがたい、官能的な感覚に浸された。南伸坊先生の、独特の禁欲的かつ軽みを帯びた描線、淡泊なコマ割りの力。しかし、選び抜かれた、物語、と呼ぶには余りにも短く、かつ意味深な、原典の持つ力が何よりも大きいだろう。
半減、どころか。その力のかけらさえ、どこまで伝わるか、心許ないが、本書を締めくくる作品『寒い日』(『異苑』より)の「ト書き」、「台詞」をすべて、再録させていただくことにする。
右頁<晋(しん)の大康(たいこう)二年の冬はひどい寒さであった>
<南州の人が 二羽の白い鶴が橋の下で話すのを見た>
左頁<「今年の寒さは堯が亡くなった年の寒さにも負けないな」>
<「うむ」>
<そして二羽の鶴は飛び立っていった>