崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

怪。

 草森紳一、氏の御蔵書中に本書『チャイナ・ファンタジー』(南伸坊潮出版社、1990年、現在品切中)を見いだして。ブログ用にと持ち出し、そのまま逐電、とも思った。随分昔に、夏目房之介氏の御著書中に引用されていた、ほんの一コマで魅了されて以来、いつか、なんとかして、とかねがね思っていたのだ。
 さて、本書を読み終えて、荷物をまとめにかかろうか、と表見返しをみると。大きな三角のご尊顔が微笑んでいる。ご朱印まで押されている。「草森紳一様 伸坊」と大書された本書。やはり、天網恢々疎にして漏らさず、当方の心中など見通されていた。まごうかたなき、南伸坊先生、ご自身から、草森紳一、氏への御献本である。
 さて、中国古典の怪異譚、に題材をとり、それぞれを、数頁のマンガ作品に仕立てた、14の短編からなる本書。一読、味わい深く表現しがたい、官能的な感覚に浸された。南伸坊先生の、独特の禁欲的かつ軽みを帯びた描線、淡泊なコマ割りの力。しかし、選び抜かれた、物語、と呼ぶには余りにも短く、かつ意味深な、原典の持つ力が何よりも大きいだろう。
 半減、どころか。その力のかけらさえ、どこまで伝わるか、心許ないが、本書を締めくくる作品『寒い日』(『異苑』より)の「ト書き」、「台詞」をすべて、再録させていただくことにする。

右頁<晋(しん)の大康(たいこう)二年の冬はひどい寒さであった>
   <南州の人が 二羽の白い鶴が橋の下で話すのを見た>
左頁<「今年の寒さは堯が亡くなった年の寒さにも負けないな」>
   <「うむ」>
   <そして二羽の鶴は飛び立っていった>

 その左頁をめくった最終頁には。丸い雪が舞っていた。
  

その先は永代橋 白玉楼中の人