SF小説が読みたい盛りに、引っ越した先の町の図書館は立派だったけど。SFコーナーがなかった。前の町には、読み切れないほど、あったのに。しかし、『希望の原理』(エルンスト・ブロッホ、白水社)や朝雲新聞社刊行の戦史全集がずらりと並んだ、実に立派な図書館だったので、今思えば、素直にそれらに取り組めば良かったのだが、SFを求めて、書店へ、そして古書店通いが日常となっていった。
100円台でSFなら何でも買ったと思う。当然、創元推理文庫さん、の薄い奴ばかりになる。無理をして、J・G・バラード先生の『沈んだ世界』とかを読んで、うんうん唸っている訳だ。無論、ハヤカワSF文庫さんも少し汚れたり、破れたりすると、その価格帯まで降りてきてくれた。アイザック・アシモフ先生、『鋼鉄都市』などなど。そして当然、筒井康隆先生の『SF入門教室』(ポプラ社、1977年)で随分前から名前だけは知っていた、『ブレードランナー』の原作本にも手を伸ばし。噂に名高いP・K・D、フィリップ・K・ディック先生の門に入ることになった。当時は偉大なるマイナーであったその門。
草森紳一、氏の御蔵書の中に見つけた、サンリオSF文庫さんの『馬的思考』(アルフレッド・ジャリ、伊東守男訳、1979年)。戯曲『ユビュ王』、『超男性』で名高いジャリ先生の、ショートショート、エッセイ、二十世紀初頭の時評集、いや、アフォリズムという表現、が一番近いかもしれない。当時のサンリオSF文庫さんには老舎先生の作品『猫城記』まで入っていたという。やはり当時の「SF」という語にはそこまでの射程を夢見させる力があったのだろう。
しかし、二十一世紀。P・K・ディック先生の諸作品がハリウッド映画の定番原作になるのを、続々、目の当たりにすることになるとは。当時、小さな町で、古本屋の本棚を、小銭を握りしめて、眺めていたころには夢にも思わなかった。まさに今こそは、『イナゴ』の日、なのかもしれない。