ヤッターマン、実写版映画化の報には、若干違和感があったが。深田恭子さんのドロンジョさま姿が表紙を飾る、『映画秘宝』誌3月号を目にして、「これでいいのだ」とうなずいてしまった。さて、所詮は、憶測に過ぎないのだが、このドロンジョさま、のネーミングは、1977年のヤッターマン初放映時には、もう「一昔前の存在」になっていた、二人のフランス人女優のお名前をもじっていたのではないだろうか。
大本命は『アイドルを捜せ』(1963年、DVD予約中)でシルヴィ・バルタン氏(一説によると、こちらはバルタン星人氏のその名の由来と聞く。ただ、Wikipediaによると東欧の地名、バルカン半島から、との説が有力である)と共演した、ミレーヌ・ドモンジョさま。所謂セクシーな方である。充分ドロンジョさまとして通用するスタイル。ちなみに彼女の旦那さまは『メグレ警視』シリーズの作者、ジョルジュ・シムノン氏の息子さんである。日本語吹替ではいつも、ドロンジョさまと同じ声優、小原乃梨子さんのご担当であった。
そして大穴。可能性は低いが、あのドロンジョさまの人使いの荒さ、など性格面を鑑みるに、ドロンジョさまのキャラクター造形に与えた影響の存在を、完全に排除できないのが、レイモン・クノー氏原作(生田耕作氏による翻訳の中公文庫版新刊、入手可能です)の、ルイ・マル監督のあの傑作『地下鉄のザジ』(1960年、日本盤DVD有)で見事に、縦横無尽、スクリーン狭しと駆け抜ける、主役を演じた、天才子役少女、カトリーヌ・ドモンジョさまである。彼女が、わがまま放題に、フィリップ・ノワレ氏をはじめとする大人たちを翻弄していた勇姿を思い浮かべると、こちらの方も、性格的には、ドロンジョさまに近いのかもしれない。
<ワシリーよりはるか年下の異父兄弟のうち、<中略>…このアレクセイの兄のウラジミールにはアレクサンダー・コイエフニフ(のちにコイエフと名乗った)という息子がいて、ハイデルベルグで哲学を修めた。アレクサンダー・コイエフは、大学を終えて後もさらにドイツに留まり、ヘーゲルの専門家として名を成した。彼は1925年にドイツを去り、1968年に他界するまでパリにいた>(本書、p.24-25)
このコイエフ氏とは?あのジャン・ポール・サルトル氏、ジョルジュ・バタイユ氏、ジャック・ラカン氏をはじめ、ポストモダン思想にまで連なる、錚々たる門下生を擁したあの、『ヘーゲル読解入門』(上妻精・今野雅方訳、国文社)の著者、アレクサンドル・コジェーヴ氏のことでは、と、Google先生に尋ねてみた。ぽちっとな。
やはりこのコイエフ氏はあのコジェーヴ氏のことであった。コイエフ=コジェーヴ(Kojève)氏は、あのカンディンスキー氏の義理の甥に当たる。しかもお二方は活発に書簡を交わし、美術はもちろんのこと、長年、様々な学芸領域にわたって、親しく意見を交換していたそうである。(以上、東京大学大学院人文社会系研究科スラヴ語スラヴ文学研究室発行、年報『SLAVISTIKA』、2001年度号収載、斉藤毅氏論文『カンディンスキー・コジェーヴ往復書簡に寄せて―ロシアにおける終末論的気運と芸術・哲学―』をWEB上にて、参照致しました)
いやいやいや。というわけで、本棚で埃をずっと被っていた『ヘーゲル読解入門』を引っ張り出そうとして、取り落とし。茶碗に当たって、飲みかけのお茶をこぼした。あああ、と思いながらも、雑巾を片手に、危うく難を逃れた『ヘーゲル読解入門』の頁を繰る。
巻頭の「出版者の覚書」。署名はレイモン・クノー、氏。あの『地下鉄のザジ』の原作者、である。訳者あとがきで確認すると、確かに、彼はコジェーヴ氏の門下生でもあった。それどころか。『ヘーゲル読解入門』の原本となった、1933年から1939年にかけてのコジェーヴ氏の講義録(仏語原本1947年刊行)の編集、出版の中心を担ったのが。かのレイモン・クノー氏なのだ。
周知のことかもしれないが。なんという、繋がりだろう。いったい、世界は広いのか、狭いのか。
とはいえ。とりあえず、お茶の味がする、床を掃除しなくてはいけない。
長年の積ん読への。お仕置きだべ、であろうか。