『山椒魚』や『黒い雨』で知られる小説家の井伏鱒二は、若いころ、出版社に勤めていたが、奥付のない本を作ってしまった責任を取って、辞めた。――ほんとうかどうか知らないが、そんなエピソードを、読んだことがある。
いかいも井伏らしい話だなあ、とも思うが、書物にとって奥付とは、それほど重要なものなのだ、とも思う。著者、出版社、印刷所、発行年月日、刷数などが記された奥付は、その本の身分証明書のようなものなのだ。
康徳? そんな元号、聞いたことがない。
そう思ってよく見ると、発行所は「東亜交通公社満洲支社」となっている。住所は「奉天市大和区住吉町六号地」。つまり、「康徳」とはあの「満洲国」の元号なのだ。
1931年の「満洲事変」をきっかけに、現在の中国東北部に、清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀(あいしんかくら・ふぎ)を擁立して日本が建てた「満洲国」。第二次世界大戦の終結とともに消え去ったその国の存在は、もちろん歴史の教科書で学んではいたけれど、現実にそれを感じることができたのは、初めてのことだった。
そう思うと、この奥付は、少なくともぼくにとっては、「満洲国」の存在証明のようなものなのかもしれない。
この『北京』は、文庫判、150ページ足らずの小さな本だ。主に北京とその付近の名勝を紹介してあって、巻末の付録には「支那風呂の入り方」とか「支那宿の泊り方」などが懇切丁寧に解説してある。東亜交通公社満洲支社が、日本内地からの観光を促進するために作った、旅行ガイドなのだろう。
ところで、康徳11年とはいったい西暦何年にあたるのか?
調べてみると、1944(昭和19)年。その7月20日といえば、「満洲国」の解体まであとわずか1年強。サイパン島の守備隊が玉砕したのが、7月7日。この島を占領したことにより、アメリカ軍は本土爆撃の拠点を手に入れたのだ。
そんな時期に、北京へと旅をしようという人が、どれくらいいたのだろうか。
そう考えると、この奥付には「歴史」というものがこびりついているように、ぼくには思われてくるのだった。