崩れた本の山の中から 草森紳一 蔵書整理プロジェクト

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

「最後の文人」草森紳一は、2008年3月東京の自宅マンションで急逝しました。自室に遺されたのは山と積まれた3万冊余りの本たち。このブログでは、蔵書のその後をお伝えします。

どんな本でも、必ず売れる

 たいていの本は、読んでもらえさえすれば、おもしろいはずだ。少なくともぼくは、そう信じている。
 もちろん、万人受けするような本は、まれだろう。でも、どの本にもそれなりに「おもしろい」と思ってくれる読者がいるはずで、ただそれが時には500人だったり、時には50万人だったりするだけなのだ。だから、潜在的な「読者たち」の数を読み違えないで本作りをすれば、「売れない本」なんてありえないはずだ。
 ただ、その本の存在を、「読者たち」にきちんと知ってもらうことができさえすれば!
 むずかしいのは、そこなのだ。だから宣伝は、とても重要なのだ。



 セバスチアン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』(望月芳郎訳、創元推理文庫、1964)は、ミステリーの宣伝史に名を残す1冊である。1962年、フランスのドノエル社は、この作品に次のような宣伝文句を付けて出版したのだ。

「私がこれから物語る事件は巧妙にしくまれた殺人事件です
 私はその事件で探偵です
 また証人です
 また被害者です
 そのうえ犯人なのです
 私は四人全部なのです
 いったい私は何者でしょう」

 ミステリにおいては、事前にトリックにちょっと触れただけでも、興味が半減してしまうことがある。「1人2役」はその代表で、それが使われていると知っただけで、読者は「だれとだれが同一人物なのか」を考えながら読み進める。その結果、犯人はおろか、作品全体の構造までわかってしまうことも、少なくない。
 ところが、ドノエル社は「私は四人全部なのです」と堂々とうたう。作者ジャプリゾが苦心して編み出した大きな仕掛けを、バラしてしまうのだ。にもかかわらず『シンデレラの罠』は大ヒットし、各国に版権も売れ、映画化までされたのだった。
 探偵かつ証人かつ被害者かつ犯人。この大仕掛けの存在を事前に知らしめることは、この作品の価値を少しも下げはしない。それどころか、「どのようにして作者はこの大仕掛けを実現するのか?」と興味を刺激されて、読者は読み進めていくことになる。さらに、この宣伝文句は話題ともなって、多くの潜在的な「読者たち」を掘り起こすことができる。――ドノエル社の宣伝担当者は、そう判断したのだろう。すごい。
 ぼくが『シンデレラの罠』を読んだのは、高校生のときだった。今回、再読してみて、やはりおもしろかった。ただ、四半世紀の時を経たぼくは、作者ジャプリゾの創意にだけでなく、宣伝担当者のセンスと勇気に、感服してしまうのである。

その先は永代橋 白玉楼中の人