崩れかけた本の洞窟……。
その部屋に足を踏み入れた瞬間、ぼくの頭に浮かんだのは、そんなことばだった。
担当編集者としてお付き合いを重ねる中で、草森先生が膨大な蔵書をお持ちだということは、よく聞かされていた。しかし、それがこのわずか2DKのマンションの中に、このような形で収められていようとは!
玄関にも、廊下にも、キッチンにも、もちろんトイレや風呂場にも。あらゆる場所に本が積み上げられ、今にも崩れんばかり、かろうじて危ういバランスを保っている。ご遺族の方によれば、それでも、すでに半分くらいは運び出したのだという。残りを運び出す手伝いをしながら、ぼくは、本というものがある一人の男の人生において持つ意味について、何度も何度も考えていた。
その本たちは今、ある倉庫に運ばれて、おおまかなジャンル分けがされて、段ボールに詰められて積み上げられている。約700箱。推定、3万冊。その作業に、2か月かかった。でも、なんのことはない。マンションから倉庫へと、本の山が移動しただけなのだ。
『マンガ考』『江戸のデザイン』『絶対の宣伝 ナチス・プロパガンダ』『写真のど真ん中』『食客風雲録』『荷風の永代橋』……。幅広いジャンルにわたって膨大な著作を残した「もの書き」草森紳一は、どんな本を読んでいたのか?
蔵書の中に分け入ることは、その持ち主の脳内を探険することだ。
ぼくたちはこれから、その探険の旅路で出会ったさまざまな本たちを、そうしてその本たちが教えてくれたさまざまなことを、紹介していこうと思う。